第25話:オスカー・ワンより中隊各機、まもなく戦闘空域に入る

 マルーンの小隊長機を先頭にロリポップ小隊は高度20,000ftで編隊を組んでいる。マルーンの左後方1,000ftにはアンティークゴールドの僚機ウィングマンがついて小隊長リーダー機の後方を警戒する。また小隊長機の右後方3,000ftには蜂蜜色ハニーイエロー編隊長セクションリーダー機が、その更に右後方1,000ftには水色+桜色サクラ・ブルー僚機ウィングマンがそれぞれ配置に付いている。トリチェリ編隊がフレミング編隊の後方を援護カバーをしつつ、トリチェリ編隊後方に敵機が迫ってきたならば、フレミング編隊が回り込んでその敵機を後輩から攻撃するのが小隊の基本的な相互支援防御陣形である。一方、敵機に対して有利な態勢にある場合には、フレミング編隊とトリチェリ編隊が交互に敵機の後ろを取り、両編隊で敵機を挟み撃ちにするような機動を行うのが、この陣形による基本的な攻撃プランである。


 フレミング小隊の左後方5,000ftに占位したパパン小隊もフレミング小隊と同様の編隊を組んでいる。フレミング中隊8機は、000Wトリプルゼロウィングの右翼に位置して敵戦闘機群に向けて進軍する。000Wトリプルゼロウィングは3個中隊による横陣を敷いており、各中隊間の間隔は10,000ft。ファラデー中隊を中心に、左翼をテイラー中隊が固めている。また000Wトリプルゼロウィング前方50kmには010W所属56機のAMF-60Aと001W所属31機のAMF-35Aが先行する。敵戦闘機の発するミサイル群を排除するのが彼女らの役目になろう。


Oscar-1オスカー・ワンより中隊各機、まもなく戦闘空域に入る」

 今回の作戦オペレーション000Wトリプルゼロウィング所属各機に与えられた識別コードは、ファラデー中隊が「Mikeマイク」、テイラー中隊が「Novemberノヴェンバー」、フレミング小隊が「Oscarオスカー」であった。それぞれアルファベットの「M」「N」「O」を表わし、中隊長を1として各機に固有の番号が与えられる。すなわちキャンディーマルーンの機体は、他のパイロットの被る全周戦術情報表示装置HMDには「O-1」と表示されているはずである。そのフレミングが発令を続ける。

「全機、主武装マスターアームスイッチをオンにし、中距離空対空ミサイルAAM2を選択の上、ロックオンモードをデータリンクモードに設定せよ」

了解ロージャ

 隷下各パイロットから応答がある。それぞれに少しづつ緊張の成分を含んだ声音であるようだ。無論、フレミングにとっても初めての実戦である。パルティル司令官は先の巡航ミサイル迎撃を実戦における戦果であると評してくれてはいたが、その評価に最も納得していないのは赤髪マルーン自身であった。恐らくは、フレミングの声が最も固い響きを持っていたのであろう。天使の歌声のような優しい響きがヘルメットから聞こえてきた。

「フレミーちゃんがしっかりしてれば、うちの中隊は大丈夫なんだから、安心してね」

「そうだぜ、中隊長。アタシらもいるんだしな」

「ガリレイ達は問題ない」

 40期の先輩達の激励が続く。左後方ではアンティークの機体がバンクを振っている。仲間の応援に意を強くしたフレミングが先の命令に付け加えた。

「みんな、ありがと。もうすぐ敵ミサイルの射程に入るけど、まずは回避に専念ね。いい?」

了解ロージャ

 赤髪マルーンの中隊長は軽くスティックを握り直して戦闘に備える。000Wトリプルゼロウィングは西ガウツ山脈を超えて、ヴェスターバーラトオーシャン海上に出た。こんなところで被弾などしたら、例え脱出できたしても無事には帰れないであろう。


******************************


 先行する001W、010Wと敵機群との距離が240kmまで近づいた時、敵戦闘機群から中距離ミサイルが発射された。およそ480発。両飛行群からも対抗ミサイルが発射される。敵ミサイル群が先行部隊まで160kmまで接近した時、フレミング達000Wトリプルゼロウィングにも攻撃目標が指示された。中距離空対空ミサイルAAM2の射程よりは遠いが、こちらに向かってくる標的ターゲットが相手なので距離的な問題はない。むしろ、先行部隊と時間差で射出することで、先行部隊の対抗ミサイル網をすり抜けたミサイルを効率よく標的ターゲットにすることが期待される。

Oscar-1オスカー・ワンより中隊各機、コードPAR303にデータリンク」

 フレミングは隷下中隊に命令を出しながら、自機にも音声入力ヴォイスコマンドで指示を与える。000Wトリプルゼロウィング各機には上級司令部より、全12発搭載の中距離対空ミサイルAAM2のうち各8発を発射するように命令が来ていた。それらの命令は各機の戦術コンピュータにも同時に送信されているため中隊長が逐一発令する必要は無いのではあるが、軍隊というところはそのひと手間を必要とする組織なのである。「中隊長は伝達役メッセンジャーに過ぎない」などと揶揄されもするが、本質的には「伝達役メッセンジャー」ですら過分な評価であろう。

Oscar-2オスカー・ツー了解ロージャ

 金髪ブロンドの親友の応答に続き、各機からも返答がある。恐らく各パイロットの全周戦術情報表示装置HMDにもそれぞれの標的ターゲットが表示されていることであろう。

「中隊全機、ミサイル発射」

 フレミングの命令により合計64発のミサイルが発射された。無論ファラデー中隊、テイラー中隊からもミサイルが発射される。およそ100秒後には敵ミサイル群に命中することであろう。少し遅れて敵側も、追加のミサイルを発射してきた。先にファラデー先輩が言ってた通り、240kmで4発、140kmで2発が彼らの必勝パターンなのであろう。


「中隊各機、敵ミサイルからロックされている人はいる?」

 赤髪マルーンの中隊長が確認する。もしロックオンされたら、まずは回避運動を優先しなければならない。

Oscar-2オスカー・ツー、検知なし」

Oscar-3オスカー・スリー、私もケプラーちゃんも大丈夫」

Oscar-5オスカー・ファイブ、アタシらの小隊は大丈夫だ」

 トリチェリ先輩は編隊の、パパン先輩は小隊の、それぞれ状況を知らせてくれた。黙っていても先輩達はフレミングの負担を軽くするように支援サポートしてくれる。両先輩に内心で感謝しつつフレミングは他中隊の様子を伺う。どうやら、ファラデー中隊の動きに変化があるようだ。進行方向に対してマリア小隊は左90度、とホイヘンス小隊は右90度に旋回している。恐らく小隊にロックオンを検知した機体があるのだろう。フレミングはそれら機体の無事回避を祈りつつ、中隊メンバーには別の指示を行う。

「みんな大丈夫なら、これから上昇するよ。私についてきて」

 000Wトリプルゼロウィングに与えられた任務ミッションには、敵対地攻撃機の迎撃が含まれていた。敵機のうち30機は高度を30,000ftまで上げているとのことであるが、この30機は他の120機と違い、中距離対空ミサイルを射出していなかった。そのことからも推察される通り、この30機が000Wトリプルゼロウィングの主目標であろう。これらを撃墜するためには、こちらも高度を上げる方が都合が良い。テイラー中隊の3個小隊12機も上昇を開始したようであるが、ファラデー中隊からはロックオンされた2個小隊を後置したまま、ファラデー小隊のみが上昇するようである。敵機との距離はまだ200km、こちらの中距離空対空ミサイルAAM2の射程にはまだ遠い。


******************************


 50km先行する001W、010Wが敵ミサイル群と会敵したようである。それぞれにチャフをばら撒きながら回避運動を行っているようであった。3個飛行群合計800発近くのミサイルを敵ミサイルへの対抗として発射したが、それでも尚200発近くのミサイルが味方機に襲い掛かる。

Charlie-5チャーリー・ファイヴより中隊各機、以降中隊は私が引き継ぐ」

Juliett-1ジュリエット・ワンより各機、隷下中隊で無事なものは?」

Bravo-9ブラーヴォ・ナイナー、後ろにつかれた、回避しきれない」

 オープン回線を通して001W、010Wの混乱ぶりが伝わってくる。前方にはミサイルの爆発によるであろう火球が広がる。「AMF-75Aこの子たちにはまだ中距離空対空ミサイルAAM2が残ってるのに……」。多くの味方を救うかもしれないそれらを、しかし今射出する訳にはいかないことを承知しているフレミングは、敢えて上空の敵攻撃機群を睨むように見据える。


「こちら Mike-5マイク・ファイブMike-8マイク・エイトが墜とされた、ちっくしょう」

 ファラデー中隊マリア小隊長からの通信は、42期席次28位のノビーリが撃墜されたことを伝えてきた。

「ノビーリちゃん、無事に脱出できたかなぁ?」

 水色+桜色サクラ・ブルーOscar-4オスカー・フォーが心配そうな声を挙げる。無論フレミング中隊の全員が、それは叶わぬことであることを理解している。あの時も同じだった。自分は見ているだけで何もできなかった。同期のみんなが死んでいくのを、ただ見ているしか……

「せめて……」

 ファントムの異名を持つガリレイ先輩の囁くような一言が、無力感に苛まされるフレミングの胸を締め付ける。そう、せめて楽に死ねれば……

「ガリレイ、何湿っぽいこと言ってんだよ。アタシらにはやるべきことがあるんだ」

 瞬間湯沸かし器ボイラーが中隊全員に喝を入れると、聖母マザーの祈りが中隊を癒してくれる。

「そうね、パパンちゃんの言う通り、今は任務ミッションに集中しましょう。ね、中隊長?」

 少しだけ目を瞑り落ち着きを取り戻したフレミングは、再び目を開くと同時に号令する。

「みんな、今は上だけを見よう」

了解ロージャ


 000Wトリプルゼロウィングが敵対地攻撃機群迎撃のため高度を上げつつあるのを見た敵戦闘機群の一部が、こちらも上昇に転じる。約半数を敵ミサイルによって失った001W、010Wはそのまま前進し、そんな敵の企図を妨害しようと試みる。敵戦闘機群は30機を上空護衛に、90機を001W、010W両飛行群の迎撃に、それぞれ振り分けたようである。敵が退かないようであれば、格闘戦が2箇所で行われることになるであろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る