第24話:みんな、用意はいい?

 8月14日0625時、再び中部防衛航空軍団ベンガヴァル基地全域に緊急のサイレンが響く。


「発、中部防衛航空軍団司令官パルティル。隷下全将兵に告げる」

「我が軍首都および東方防衛航空軍団3基地を指向していると思われる敵機のうち、その一部が進路を変更したことが観測された。その数およそ150。その進路から当ベンガヴァルを指向しているものと推測され、およそ50分後には当基地上空にまで進出する見込みである」

 格納庫ハンガーに緊張が走る。中部防衛航空軍団も実戦参加を余儀なくされることになるのである。フレミング達小隊メンバーも咄嗟にヘルメットを抱え、それぞれの乗機に向かって走り始める。


「隷下全飛行群は対空兵装の上、第010防衛飛行群010W第001防衛飛行群001W第000防衛飛行群000Wの順に緊急発進スクランブル、これを迎撃せよ」

 パルティル司令官の発令が続く中、フレミングは素早くヘルメットを被りコクピットに飛び込む。000Wトリプルゼロウィングにも発進命令が出たのである。いよいよ初陣であるが、不思議と緊張感を覚えないフレミングであった。「キルヒーと一緒なら大丈夫」と感じる赤髪マルーンは、金髪ブロンドの親友も同じように思ってくれてたら嬉しいな、などと思っている。きっと、水色ライトブルー蜂蜜色ハニーイエローも同様であろう。

「尚、敵機のうち30は高度を上げつつあり、恐らくは対地攻撃機であると推測される」

 格納庫ハンガーの動きが一気に慌ただしくなる中、タラップを登ってきたおやっさんが分隊長に話しかける。

「そっちを叩けば今回のミッションは終了だろうな」

 フレミングは無言で頷く。対空装備機は対地攻撃機の護衛エスコート役なのだから、護衛対象がいなくなれば退くのは当然であろう。さて、今回の作戦オペレーション任務ミッションは……?


「010W、001Wは先行して、敵中距離対空ミサイル群を撃破殲滅せよ。全てのミサイルを射ちつくしても構わない。000Wトリプルゼロウィングは前2飛行群に後続し、敵中距離ミサイルを掃討の後、敵対地攻撃機群を撃破せよ。作戦オペレーション開始スタート!」

 パルティル司令官の発令が終わると、おやっさんはフレミングへの指示を追加した。

「いいか、お嬢。AMF-75Aコイツには中距離対空ミサイルAAM2が12発、短距離空対空ミサイルAAM1が10発積んである」

 先にレーダー武装表示装置RADで確認しているフレミングが頷く。

「会敵したらまずは重たい増槽ドロップタンク分離パージしろ。何ぁに、燃料なんざぁ残ってたって構わねぇ」

「うん」

 ひよっことは言え中隊を指揮する大尉殿に対するものとは思えないおやっさんの口調ではあるが、赤髪マルーンの中隊長にはむしろ気持ちが良い。「やっぱりおやっさんはこうでなくっちゃ」。きっとフレミングが「閣下」と呼ばれる立場になっても、おやっさんの態度は変わらないのであろうし、変わらないで欲しかった。


「それから、中距離対空ミサイルAAM2の発射に関しては全てデータリンクに従え。中隊隷下にもそのように命令しろ。どの道、手動マニュアルで操作したところで命中率なんざぁ変わらねぇ。余計なこと考えてる暇があったら、まずは敵ミサイルの回避に専念しろ」

「そうだね、みんなにもそう伝えるよ」

 敵ミサイルが迫ってくればいかな特A++のフレミングとてその回避に一杯であり、とても隷下中隊7機それぞれに攻撃指示と回避指示を出せるほどの余裕はないだろう。

「互いに中距離ミサイルを射ち尽くしたらお待ちかねの格闘戦ドッグファイトだ。任務ミッションに敵対地攻撃機の撃墜が加えられているなら、尚更避けられないだろうな」

 思えば前回の奇襲時、敵戦闘機群は全て対空装備であり、対地攻撃は巡航ミサイルによるものであった。そうであればバーラタ軍は敵戦闘機群と正面から戦闘を行わなくてもよかったのであるが、今回は事情が異なる。敵の対地攻撃機群を撤退させることが主任務なのだ。

「但し、深追いはするなよ。こっちは尚10発のミサイルをぶら下げてんだから、当然機動性は落ちてる。そのことを忘れんじゃねぇぞ」

「うん」


 オープン回線からは、迎撃機が次々と離陸していく様子が流れてくる。既に第1滑走路からは010Wが、第2滑走路からは001Wが順次発進を開始していた。2機同時の編隊フォーメーション離陸テイクオフで上がっていく様子は、流石に長い飛行時間を経験しているベテランパイロットのものである。

「私達にもできるかな、あれ?」

 問わず語りの赤髪マルーンに、機付長も同意する。

「あぁ、お嬢達なら、な……期待してるぜ!」

「うん、ありがと、おやっさん。じゃぁ行ってくる」

 機付長が機体を離れるとタラップを上げ、風防キャノピーを閉める。

「フレミング中隊、いくよ。みんな、用意はいい?」


 スピーカから次々と中隊メンバーの返事が返ってくる。

「えぇ、大丈夫ですわ」

 金髪ブロンドの親友はフレミングの僚機ウィングマンの位置につく。後ろにキルヒーが居てくれることが、どれだけフレミングに安心感をもたらしてくれることか。

「うん、大丈夫だよ」

 先ほどまでは自信無さげであった水色ライトブルーの、今は張りのある声に安堵する。「聖母マザー」の癒し効果は絶大であったのだろう。その蜂蜜色ハニーイエローの声もスピーカから聞こえてくる。

「フレミーちゃん、ちゃんと付いてくから、安心してねぇ~」


 キャンディーマルーンのAMF-75AがD-12格納庫ハンガーから姿を現わす頃、隣のD-11格納庫ハンガーからも4機のノーマルカラーAMF-75Aがエプロンに出てくる。

「アタシらも行くぜ!」

 フレミング中隊のもうひとつの小隊を預かるパパン少尉である。トリチェリ先輩と同じ40期。火のついたナトリウムのように激しく明るいオレンジ色のショートカットを持つパパンの綽名は「瞬間湯沸かし器ボイラー」とも「空飛ぶフライング蒸気機関スチーム・エンジン」ともされている。要するにすぐ興奮するタイプなのではあるが、そんな彼女が先の奇襲攻撃で生き延びることができたのは、もう一人の編隊長セクションリーダーのお陰であったかもしれない。


「ガリレイ達も行くべき」

 D-11格納庫から発進してきたガリレイ少尉である。理知的で寡黙、全てを客観視して語ると評判のガリレイは、トリチェリやパパンと同じ40期生。彼女が「ファントム」と呼ばれるのは「天女の羽織る羽衣のよう」とも称される、透き通るような白い髪と美しくも妖しい青白い肌だけが理由ではない。彼女と空戦演習を行った誰もが「いつの間にか後ろに付かれた」と証言するほどの独特の機動マヌーヴァがその所以であった。小隊長の瞬間湯沸かし器ボイラーとは性格が正反対であるが故に相性は良いようであり、熱くなったパパンを冷静に引き戻すのがガリレイの常の役回りでもあった。


「The Die is Cast!」

 威勢よく返してきたのは、42期席次11位のプランクである。肩まで届くワンレンの黒髪を右半分だけ赤く染めた黒赤ハーフRougeNoirの彼女は、いつもダイスを手放さないほどのギャンブル好き。無論、航空士官学校ベンガヴァル内での賭け事は禁止なのであるが、「Rouge et Noir?」と迫られた同期生の数は両手両足の指を合しても足りないであろう。「筆記試験の時、鉛筆を転がす音が聞こえた」とは42期生の誰もが証言するところであるが、実際のところプランクの席次11位というポジションは、彼女のギャンブル運の強さを示すものなのか、あるいは彼女の真の実力ゆえか、同期生の間でも評価が分かれていた。プランクはガリレイの僚機ウィングマンを努めるが、「ファントム」の機動マヌーヴァについていけるのは、あるいは「ギャンブラー」だけだと上層部に判断された故であろうか。プランク機の機首左側面には鷲を模した校章マークが2つ描かれているが、無論、操縦の腕も確かであるからこそ、航空士官学校ベンガヴァルでは第11小隊の小隊長を務めていたのである。


「今日もいい風ね」

 42期席次20位のカルマンはパパン小隊長の僚機ウィングマンを務める。「草原を吹き渡る爽やかな風のよう」と称される薄緑色のセミロングヘアーを持つ彼女の操縦は「風に乗るようだ」などと評されている。大気の気圧模様が読めるとも噂されるように、実際彼女がエアポケットに落ちるところを見たことのある者は誰もいなかった。4日前の奇襲攻撃時にも、カルマンは上空退避の後に無事愛機を地上に戻すことができた数少ないパイロットの1人なのである。ジェット燃料の消費を最低限に抑えた安定飛行ができたのも、大気を読むことのできる彼女だからこそであろう。そんな彼女は場の空気を読むことにも長けており、彼女が積極的に自説を唱える姿の、これも目撃者は1人も居なかった。カルマンが「いい風」というのであれば、それは戦の女神の神託にも均しいであろう。


「私達の小隊が先に上がります。パパン先輩達は後からお願いします」

 フレミングの指示に、パパン小隊長が応える。

「おぅ、安心して先にあがんな。アタシらも後から行くぜ」

「じゃぁ、キルヒー。一緒にいこう」

 キャンディーマルーンの機体が34滑走路の右側に寄ると、当たり前のようにアンティークゴールドの機体がその左脇に占位する。

管制コントロール、こちらフレミング。離陸テイクオフ許可クリアランス願います」

「フレミング機、キルヒホッフ機、こちら管制コントロール離陸テイクオフを許可する。武運を」

 ロリポップ小隊の2機が編隊フォーメーション離陸テイクオフを始める。

「まじかよ……」

 パパン少尉の絶句をガリレイ少尉も共有する。

「2人合わせて7個の校章マーク……」

「トリチェリ先輩、私達も……」

 いつになく積極的な水色ライトブルーに、微笑みながら聖母マザーが応える。

「えぇ、ケプラーちゃん。一緒に行きましょう」

 フレミング小隊が上空で編隊を組む。それはロリポップ小隊の名に恥じぬ、カラフルでグラマラスな光景であった。

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