第3章:第二次攻撃
第23話:ゴマだってロトだって猫だって……
朝、ふと目を覚ましたキルヒホッフが枕元の時計を見やる。午前6時を少し回ったところであった。「あと30分もしない内に起床ラッパに起こされるのでしょうね」などと微睡みの中で思案していると、
「おはよう、キルヒー。急いで支度しなくちゃね」
言うや否やベッドから飛び降りると、フレミングはパイロットスーツを着込み始める。このところ、このような事態を想定して常にパイロットスーツを着用あるいは手元に用意している
「お嬢、ちゃんと眠れたか?」
4人のパイロットが
「うん、ありがとう、おやっさん。みんなも」
先の奇襲攻撃以来、いつあるかも知れぬ緊急発進に備えて分隊
「おぅ。お嬢も早くコクピットに上がれ。ブリーフィングはそこでやるぞ」
発進前外観目視検査の手順は
AMF-75Aのコクピットはいわゆる
下段にはアスペクト比1:1の7.5インチディスプレイが2面横並びに配されている。左側の液晶パネルは
これら3面のディスプレイは、パイロットの操作により任意の画面に任意の情報を表示することも可能となっており、仮に1ないし2面のディスプレイが機能不全に陥っても対応可能な
フレミングはまず
「今日のはブースターじゃないよね?」
先日の上空退避時には
「あぁ……それに実弾だ」
演習用の模擬弾ではなく実弾である、という当たり前の事実に、改めて戦慄を覚えるフレミングである。そうと知ってかおやっさんが、威勢よく
「まぁ、せいぜいド派手にぶっ放してこい!」
次に
「ごめんね、おやっさん。信じてない訳じゃないけど……」
しかし自分の命を預ける機体の最終チェックを自分自身で行うことは
「当たり前ぇだ、お嬢。最後は自分の責任なんだから、な」
一通りのチェックを終える頃、格納庫内のスピーカからパルティル中部防衛航空軍団司令官の声が聞こえてきた。
「発、パルティル司令官。
「数600とは、敵さんもケチったもんだ」
おやっさんのぼやきにフレミングも内心で同意する。4日前の攻撃は艦載機800に巡航ミサイル多数によるものだったと聞いていた。今回はそれに比べて小規模の攻撃なのだろうか。あるいは巡航ミサイルは使われていないのであろうか。フレミングの疑問に応えるかのように、パルティル司令官が続ける。
「尚、今のところ巡航ミサイルの発射は確認されていない。替わって艦載機による対地攻撃を企図しているものと推測される。観測されている敵機は全てSS-20。このうちの一部が対地攻撃装備であるものと思われるが、現時点でその数は不祥」
彼らの言葉で『剣』を意味する『シャムシール』からその制式番号が付けられたというSS-20は、パラティア国産の多目的戦闘機SSシリーズの第2世代に当たる現用機である。多目的戦闘機であるとはすなわち同じSS-20が対空任務にも対地任務にも就くことができるということを意味している。600機が発艦したと言う敵機の一部はバーラタの迎撃機を、残りの敵機は航空宇宙軍基地をそれぞれ攻撃目標としていることであろう。尤もレーダー観測網では、敵機の機種を判別することは可能でも、敵機群における対空装備機と対地装備機の割合までは察知しかねるのである。
「開いてみなきゃ分かんねぇ、ってか? 参謀本部の連中も、ったくどんな仕事してんだか……所詮は
情報部辺りで敵の戦術について研究でも進めていれば、600の内訳をそれなりに予測するくらいはできるはずである。その程度の予測すらできないとは。
「でもさ、おやっさん。結局のところ開いてみなきゃ分からないのは、みんな同じじゃない? ゴマだってロトだって猫だって……」
「おっ、お嬢にしてはちったぁ気の利いたこと言うじゃねぇか。触れてから初めて結果が定まるってか? まぁ確かに、作戦なんて所詮はギャンブル、今ここでぼやいてたって仕方ねぇしな……」
敵数が前回より減ったとは言え、機数600とは大規模な迎撃戦になりそうである。初陣のひよっこパイロットのくせに意外と落ち着いている様子のフレミングに安堵でもしたのであろうか、口元が綻ぶチャンドール准尉である。
「また、現時点で当基地への出撃命令は下されていない」
パルティル司令官の発令は続いていた。
「よって、パイロットには一時休憩を許可する。但し
とりあえず、フレミング達は狭いコクピットからは一時的に解放されることになった。とは言え、
機体を降りたフレミングは、同じく地上に戻った小隊メンバーと再会する。
「キルヒー、SS-20ってどんなんだっけ?」
「フレミーは本当に頼もしいというか……」
あっけらかんとした表情で聞く親友は、恐らく小隊メンバーの緊張を和らげようとしてわざとこんなことを聞いているのだろう。そう想うキルヒホッフが改めてSS-20の特徴について語り始める。
「そうですわね……SS-20はやはり航続距離と射程距離が長いことが最大の特徴ですわ」
SS-20の特徴は何と言ってもその航続距離と搭載ミサイルの射程距離の長さであろう。
ゆるふわ
「そうそう、キルヒーちゃんの言う通りよ。ホント困っちゃうのよねぇ~あんなに遠くから射たれたら……」
唯一、SS-20との会敵経験のあるトリチェリの言には、経験者にしか語れないであろう真実の重みが含まれていた。
「えぇ~、そんなの、どうしたらいいんですか、トリチェリ先輩ぁぃ?」
くしゃくしゃに顔を歪めて今にも泣きそうな
「ケプラーちゃん、そんなに心配しなくても、きっと大丈夫よ。そうねぇ~、私達の機体の特徴はなぁに?」
トリチェリが
「機動性!」
「
2人の回答に満足げな笑みを浮かべたトリチェリ先輩は、今度はケプラーを見ながらゆっくりと話す。
「機動性の高い
「それに、ケプラーちゃんのことは、ファーレンハイトちゃんがいつも見守ってくれてるんだから……でしょ?」
敵は前回と同じくアウトレンジ攻撃を行ってくるであろう。トリチェリの言う通り、こちらの中距離空対空ミサイルの目標を敵戦闘機ではなく敵ミサイルに指向すれば、こちらの損害は少なくなるのが道理である。但し、こちらも中距離空対空ミサイルを少なからず消失するため、中距離からの敵戦闘機撃墜は望み薄である。互いに中距離ミサイルを射ち尽くした時点で敵が退いてくれれば、まずは当面の勝利と言えよう。一方、それでも敵機が侵攻を続ける場合には、有視界近接戦闘-
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