第22話:こっちに廻してもらうこととか、できないのかなぁ?

「ねぇ、キルヒー。バーラタって、陸軍にも海軍にも戦闘機はあるんだよねぇ~」

 赤髪マルーンの中隊長が金髪ブロンドの親友に問いかける。

「えぇ、そのはずですわ。確か……陸軍の主力戦闘機は航空宇宙軍と同じAMF-60A、海軍の主力戦闘機は、その艦載機改修型のAMF-63Cであったと聞いてますわ」


 バーラタ防衛軍は3軍から構成されている。すなわち、陸軍、海軍、および航空宇宙軍である。そして、陸軍および海軍も、航空宇宙軍のそれには及ばないとは言え、戦略・戦術上の要請から、それぞれ戦闘機を保有しているのである。陸軍は局地戦闘機として、特に航空宇宙軍のエアカバーの及ばない事態を想定して10個飛行群計240機を各基地に駐留させている。また海軍は空母1、ミサイル巡洋艦2、防空護衛艦2を基幹とする空母打撃群ストライクフォースを6個打撃群ストライクフォース保有しており、空母1艦につき96機の艦載機が定数となっている。


「それって今では、航空宇宙軍の稼働全機より多い数なんだよねぇ~?」

「そうですわね。先の戦闘で800機近くを失いましたから……我が航空宇宙軍の現在の稼働機数は450機程度。一方の空軍は240機に、海軍は600機くらいでしょうか」

「それをさぁ、こっちに廻してもらうこととか、できないのかなぁ?」

 フレミングの言うことは理に適っている。陸軍に配備されている戦闘機は航空宇宙軍のそれと全く同じ機種であるから、すぐにでも転用は可能であろう。一方、海軍に配備されているAMF-63Cであるが、これもAMF-60Aと基本設計は同じ機種である。但し、空母発着艦用の降着装置改修と、空母収容時用の主翼折り畳み機能が付与されている他、いくつかの細かい改修がなされている。しかしこれらの改修による相違は、操縦士パイロット整備士メカニックいずれに対しても、多少の教育と習熟で対応可能な範囲ではあろう。何しろ、「航空宇宙軍は陸海軍機の試験機関テストベッド」などと揶揄されるほどである。すなわち航空宇宙軍で制式採用した機種を空軍・海軍が流用しているのが実情であり、本来であれば早晩、AMF-75A新型の改良型も陸軍・海軍それぞれに制式採用されることであったろう。無論、メーカーとしても三軍それぞれに専用機を開発するよりは効率よく計画的に開発・生産が行えるというものであるのだが、いずれにせよ航空宇宙軍が陸海軍機の試験機関テストベッドであるならば、その逆もまたしかり。多くの機体を喪失した航空宇宙軍にとっては、無傷の陸軍機・海軍機の接収は最も早い戦力回復の方法であろう。


「フレミーの言う通りなのですが、実際は……」

 陸・海・空、三軍の連携が芳しくない-有り体に言えば仲が悪い-のは、何もバーラタに限ったことではない。古今東西共通の軍政・統帥上の課題なのである。先の世界大戦でオリエント大陸東部陸戦とエスターオリエンタルオーシャン海戦の二正面作戦を強いられた彼のグレートエイトアイルズにおいても、その敗戦時に海軍からは可働戦闘機が払拭していた一方、陸軍には尚2,000機におよぶ予備機が出動もせずに眠っていたという。しかるに今次情勢において、陸軍や海軍がその戦力を航空宇宙軍に供出してくれることなど、バーラタでなくとも期待薄であったろう。何しろ、そのようなことをすれば陸軍・海軍のパイロットから大量の失業者を出すことになるばかりか……

「陸軍も海軍も、航空戦力を手放したくはないでしょうから……」

 キルヒホッフの言う通りなのである。以前から一部政治家および防衛官僚の中には、航空戦力を航空宇宙軍に統合するべきだ、という組織改変論が根強い。そしてこの「三軍航空統合論」に最も強力に反対するのは海軍であった。海軍にとっては空母打撃群ストライクフォースの中核戦力たる艦載機軍を手放すことなど、絶対に許されることではなかったのだ。それを、有事のこととは言え一度でもそのような先例を作ってしまえば、三軍航空統合論者の勢いは益々盛んになるであろうことは誰の目にも明らかであろうから。


 キルヒホッフの言わんとすることが理解できるフレミングは、次善策について口にする。

「それならせめて、一緒に戦ってくれるとか……先の戦闘時、陸軍からも海軍からも、迎撃機は上がらなかったんでしょ?」

「それも恐らくは……」

 俯き加減に返答する分隊長をおもんばかって、ネル隊長が口を挟む。

「フレミー嬢の仰る通りではあるのですが……何しろパラティアは今回、航空宇宙軍を名指しで攻撃対象に挙げております。言い換えれば、大人しくしていれば、陸軍・海軍には手を出さないという含意かと。恐らく今頃は……」

「統帥本部の連中もシラ切ってんじゃねぇか? 所詮オレら航空宇宙軍は『陸軍アーミー統制コントロール』だからな」

 おやっさんが同僚の肩を持つ。


 あらゆる制度やシステムが功罪両面を抱えるのと同様に、操縦士指向分隊編成ヒメシステムもその多くのメリットと同時に大きなデメリットも抱えているのは当然のことである。中でもその最たるものは、航空宇宙軍士官のほとんど全てが女性パイロット上がりである、ということであろう。


 もともとバーラタでは歴史的・伝統的に男尊女卑の風が激しく、21世紀前半に至るまで女性が公職に就くことなどは極めて稀なことであった。そのような国柄にあって2035年に誕生した操縦士指向分隊編成ヒメシステムには、女性の社会進出を大きく後押した側面もあったと指摘されている。すなわちこの制度は、女性であっても公職、それもパイロット・士官になり国防を担う最前線に立つことができるという道を切り開いたのである。また同時にこのシステムはパイロットを偶像アイドル化して社会に積極的に露出することを通しても、間接的に女性の地位向上を体現してきたと言われている。尤も、女性パイロットの故郷たる航空士官学校ベンガヴァルが今や航空宇宙軍の聖地としての地位と同時に女性の社会進出の象徴シンボルとしての地位を得ることができたのは、そもそもはITと金融工学で21世紀以降急速に経済発展したベンガヴァルの地が、比較的女性差別の低い地域特性を持っていたことも大きな要因ではあったのではあるが……


 こうして操縦士指向分隊編成ヒメシステムが女性の社会進出を促す一方、このような組織改編を行った航空宇宙軍はその後、高級士官人事に苦労することとなった。すなわち、士官が女性パイロット-と一部の専門職下士官からの転向組-という狭い特定のプロファイルに偏ることが、特に軍政や統帥志向の人材を軍から払拭させる結果になったのである。元々、航空士官学校ベンガヴァル候補学生カデットの定数は陸海軍のそれに比して非常に少ない。すなわちフレミング達42期生が全112人-コーラル組を含む-であるのに対し、海軍兵学校サーサーティーの学生は一学年250人、陸軍士官学校ミールートに至っては800人超である……航空士官学校ベンガヴァル出身の士官だけでは軍政・統帥方面の人事を充足させることができなくなった結果、防衛省航空宇宙部や航空宇宙軍参謀本部の高級士官には、陸軍将校が転籍あるいは出向する形でその職務ポジションを充当させる例が多くなったのである。例えば、東方、北方、西方、首都、各防衛航空軍団各司令官はいずれも陸軍将校の転籍組であった。また、航空宇宙軍参謀総長のクリシュ中将ですら陸軍士官学校ミールートの出身である。むしろ有事の臨時編成とは言え、中部防衛航空軍団司令官に航空士官学校ベンガヴァル上がりのパルティル中将が就任したことの方が異例なのである。言い換えれば航空宇宙軍の半分は陸軍の支配下にあるようなものであり、これを快く思わない航空宇宙軍将兵-おやっさんなど-はこの状態を「文民シビリアン統制コントロール」になぞらえて「陸軍アーミー統制コントロール」と自虐的に呼ぶのが常であった。


「今の統帥本部長も確か……」

 キルヒホッフの指摘にネル隊長が頷く。

「えぇ、姫様の仰る通り、今の三軍統帥本部長はラージャ航空宇宙軍中将ですが、彼の背番号も陸軍です」

 バーラタ防衛軍の陸・海・航空宇宙三軍の統帥は三軍統帥本部がこれを担うこととなっており、三軍統帥本部の下に各軍参謀本部-海軍は伝統的に軍令部と呼ばれる-が置かれる形になっている。三軍統帥本部長は各軍持ち回りで1期2年。今年は航空宇宙軍から統帥本部長を選任する順番に当たっているが、そのラージャ航空宇宙軍中将も元は陸軍出身なのである。尤も、現在の三軍統帥本部はラージャ本部長、ダルス陸軍参謀総長、クリシュ航空宇宙軍参謀総長と、4人のうち3人が陸軍出身の状態であり、この状態を憂える海軍内には、「海軍将校からの航空宇宙軍転籍組を増やすべきである」という議論も一部で盛んになっているという。

「まぁ、そんなことだから、三軍統帥本部も出身母体の陸軍に不利な決定はしないだろうさ」

 どこか割り切った風のおやっさんである。要は陸軍も海軍も組織の自己防衛を優先させれば今次戦争に協力的ではあり得ず、三軍統帥本部の決定権は航空宇宙軍には皆無なのである。おやっさんの言う『シラを切る』とはそういう意味であろう。しかし、そんな組織論大人の都合には納得のいかないフレミングである。


「まぁ、お嬢の気持ちも分からんでもねぇが、当面はオレら航空宇宙軍だけで何とかするしかねぇだろうなぁ。リベラリオンの連中だって、当てにはならねぇし……」

 おやっさんの言にキルヒホッフも同意する。

「残念ですが、チャンドール准尉の仰る通りですわ。もしリベラリオンが撤退にでもなれば、パラティアの再攻撃を呼び込む結果になりかねませんけれど……」

「そんなんじゃ……」

 後の言葉が出てこない赤髪マルーンの、その思いは金髪ブロンドの親友にも共有されていた。


******************************


 その頃、バーラタ政府は、開戦以降2度目となる最高戦争指導会議を開催していた。最高戦争指導会議とは内閣と三軍統帥本部との政戦両略の統合を図るために開催される会議であり、その主催者兼議長は首相である。この日の出席者は次の通りで、カーヴァイン大統領臨席の上で開催された。


ダモダルダス首相

モーテー・ギー外務大臣

キッシー防衛大臣

ベルトゥリ財務大臣

ハーギュ商工大臣


ラージャ三軍統帥本部長

ダルス陸軍参謀総長

ラウム海軍軍令部長

クリシュ航空宇宙軍参謀総長


 会議の冒頭、キッシー防衛大臣から先の奇襲による被害の全容について報告があった後、その後の再編状況についてクリシュ航空宇宙軍参謀総長から説明があった。あまりの被害の甚大さと、再編されたとは言え尚脆弱な航空宇宙軍の劣勢なる陣容に、出席者一同は改めて嘆息する。


「さて」

 両者の報告が終わると、議長たるダモダルダス首相が出席者を眺めまわしながら問いかけを発する。

「我がバーラタがまず考えなければならないのは『如何にしてこの戦争を終わらせるか』であることに異論を挟む者はいないと思う」

 みなが一様に頷くのを見てまずは満足するダモダルダス首相。「即時反撃」「徹底抗戦」などと精神論を振りかざす愚か者がこの場にいないことは好ましいことであった。戦争が政治の延長に過ぎないのであれば、戦略は政略の延長になければならない。最高戦争指導会議が首相を議長に、内閣と三軍統帥本部の合同で開催される所以である。首相の言を受けてキッシー防衛大臣が発言する。

「今のバーラタ軍にとって勝利とは、敵の攻撃意図を挫き、敵の攻撃を中止させた上で和平を結ぶことであると小生は愚考します」

 軍政トップの意見にみな首肯する。敵を撃破することも殲滅することも、この際は必要とされていない。何しろこれは売られた喧嘩である。それも押し売りの……わざわざこちらから高く買ってやる必要もあるまい。過ぎたことは過ぎたこととして、バーラタとしてはこれ以上の損害を受けなければ勝利と言えるのである。


「防衛大臣の仰る通りではありますが、問題は如何にしてそれを実現するか……?」

 モーテー・ギー外務大臣の問いかけは理の当然ではあるが、それは天に唾する類のものでもあったろう。

「それを考えるのは貴兄の責務でありましょう?」

 ベルトゥリ財務大臣の言は他の参加者も密かに同意するところではあるが、そのような形式論を論うあげつらうべき時でも場所でもないこともみな心得ている。体中から気持ち悪い汗が湧き出るのを自覚しつつ、モーテー・ギー外務大臣を口を開く。

「財務大臣の仰る通りではありますが、何しろ敵の要求は『リベラリオンとの同盟破棄』。彼らも宣戦布告文にそう明言した以上、現状においてはそれ以外の条件による和平は……」

「それはできかねる」

 モーテー・ギー外務大臣の発言を遮るように、ラージャ三軍統帥本部長が声を張り上げる。

「それでは北方に対する抑止にも影響が出かねませんぞ」


 ラージャ三軍統帥本部長の発言は、ここに居る誰もが-ハーギュ商工大臣ですら-共有する懸念である。そもそもバーラタは16世紀から始まるオチデントによる植民地化の歴史を乗り越え、20世紀中庸に独立を果たして以来は他のどの国とも同盟関係を締結せずに孤高を保ってきた。しかしながら21世紀に入ってその基本戦略を転換せざるを得なくなったのは、北方の大国であるサイノ帝国-『大秦民主人民共和国』がその正式な国名であるが、バーラタ人民はサイノ帝国と呼びならわしている-の軍事的膨張路線が原因である。何しろバーラタの最後の戦争は52年前の、サイノ帝国との国境紛争なのである。

「左様、それはよく承知しておりますがゆえ、現状において他に和平をどのように実現するのか……」

 顔中から吹き出る汗をハンカチで拭いながら発言するモーテー・ギー外務大臣に、ハーギュ商工大臣は同情しつつも安堵を覚える。思えば昨年の組閣時、ハーギュはダモダルダス内閣の外務大臣に自薦をしていたのである。あの時は傷心もしたのではあるが、今となっては幸いと言えようか……ある程度気楽な立場にあるハーギュ大臣が、問題を単純化して提案する。


「現時点で外交交渉の余地が無いのであれば、まずはこちらから一戦しかけ、戦術的勝利の後に和平交渉に移るという手順しかないのでは?」

 至極当然な発言のつもりであったハーギュ商工大臣からすれば、専門家2人の返答は意外なものであったかもしれない。

「商工大臣は一戦と仰るが、先にもご報告申し上げた通り、我が軍の航空戦力は壊滅状態であり、交渉で有利な条件を引き出せるような戦果などはとても望み得ないのが現状です。残念ながら……」

 クリシュ航空宇宙軍参謀総長が一語一語に悲痛な響きをもった口調で答える。作戦立案の最高責任者が言うだけにその発言の内容は重い。クリシュ参謀総長の返答を受けて、モーテー・ギー外務大臣も口を開く。

「更に……一戦の上で和平となれば、その仲介役が必要になりましょうが……一体どこにそのような……パラティアの宣戦布告文から見て、オチデント諸国家では仲介役にはなり得ませんでしょうから……」

「よもや外務大臣には、サイノ帝国などとお考えではありますまいな?」

 ラージャ三軍統帥本部長が外務大臣に念を押す。この半世紀ほどの間バーラタの仮想敵国はサイノ帝国であったのだ。まさかその敵国にこちらの弱みを晒して和平交渉の仲介を依頼するなど、軍部としては許せるはずもない。


「無論、私もそのようなことを考えている訳ではありません。しかし、アナトリア共和国やソード王国では……」

 オリエント大陸西方にあるアナトリア共和国、ソード王国の二大国とパラティア教国との間は以前から、よく言って緊迫した状態-有り体に言えば、頻繁に軍事衝突を繰り返している関係-にある。あとは……

「オリエント大陸極東の大国……」

 ベルトゥーリ財務大臣が声を漏らす。オリエント大陸極東の島国、グレートエイトアイルズ。彼の国はリベラリオンと同盟関係にありながら尚、パラティアとも良好な関係にあると言う。パラティアとの関係を考慮すれば最も頼れる大国のひとつではあるが、先の世界大戦以降グレートエイトアイルズは自国の殻に閉じこもり、世界の平和や安定に寄与しようという姿勢を見せたことがない。そのような国家に和平仲介役など務まるものか……


 和平交渉の道を思いめぐらせながら「何故自分はこんなにも窮地に陥っているのか」と疑問に思わないでもないモーテー・ギーである。そもそもこのような事態に至る種を蒔いたのは、先ほどから強い態度で望んでいる統帥本部長による作戦指導そのものなのではないか。敵の奇襲あるを予見せず西方への備えを怠って大きな損害を招いたのはどこのどいつだ、と言いたくなる衝動を辛うじて抑えているモーテー・ギーは、「つまりは外交が軍事に優先するからだ」と自らを納得させることにした。そのような外務大臣の苦悩を知ってか知らずか、ハーギュ商工大臣が再び口を開く。

「一戦なくして和平なしとなれば、こういう時のための同盟軍であろう。我が航空戦力が不足するのであれば、リベラリオンの戦力を借りるしか無いと思うが……」

 ハーギュ大臣の提案に、モーテー・ギー外務大臣とキッシー防衛大臣が先の2+2会談の内容について代わる代わる報告する。現時点ではリベラリオンに参戦の意思は感じられないこと。恐らく、バーラタが先に一戦反撃し勝利の可能性を見せた上でなければ、リベラリオンの参戦は望めないこと。


 両大臣の報告に頷いた後、ベルトゥーリ財務大臣が口を開く。

「現有戦力もダメ、同盟軍も当てにならぬとあっては差し当たり、我が戦力を回復するの法を考えねばなりますまいが……」

 ベルトゥーリ財務大臣の言をハーギュ商工大臣が継ぐ。

「すなわち、陸海の航空戦力を航空宇宙軍に転用する……」

「それはまかりならん」

 それまでの沈黙を破り声を大にして反論するラウム海軍軍令部長の姿がそこにはあった。

「それでは、我が空母打撃群ストライクフォースは牙を抜かれた張り子のトラになりさがってしまう。それとも貴兄らは『三軍航空統合論者』か?」

 『三軍航空統合論者か?』という疑問文が反論として成立すると本気で考えているのであれば、ラウム軍令部長の論理的思考能力もたかがしれていよう。無論そのような者が作戦指導の最高責任者たる位置にあるはずも無く、本人にすればただ強い意思を示す修辞レトリックに過ぎなかったのであろうが、少し口が過ぎたようであった。一瞬険悪な雰囲気になりかけた会議を、議長のダモダルダス首相が仲裁する。

「今は『三軍航空統合論』の是非を問うべき時でも場所でも無い。その点について異論のある者は?」


 ダモダルダス首相が一同をゆっくりと見廻した。そう諭されて少し恐縮している様子のラウム軍令部長に、首相が問いかける。

「ラウム軍令部長、貴官の言いたいことは分かったが、何か貴官には他に妙案でもあるのか?}

 首相の指名を受けたラウム軍令部長が、ハーギュ商工大臣に向かって問う。

「財務大臣の言を借りれば、『戦力を回復するの法』が焦点であろう。であれば商工省からメーカーに増産の指示をするのがまずは先と言うものであろう?」

 当たり前の議を当たり前の論に従っているに過ぎないのに、何故軍人というものはいつもこのような反論-自分の責任は棚に上げ、他人の責任を論う-しかできないのか。問われたハーギュ大臣がつい熱くなって反論する。

「そんなことは貴兄に言われずともとっくに対応しておる。既に搬出ロールアウト待ちの機体の前倒し納入は開始されておるし、増産計画も立てているところだ。それでも、失われた数の戦闘機を揃えるには数カ月はかかろう。そんなことも貴兄には分からんのか?」

 そう、先にそのようにクリシュ航空宇宙軍参謀総長から報告があったばかりである。流石にラウム軍令部長もそれ以上は言えず、黙って俯くしかなかった。その姿を見てハーギュ大臣は思う。「思えば軍人ばかりではなく、官僚も似たようなものであるな。それは平時の際には美徳であるかもしれぬが、有事の役には……」。この場にいる誰もが実戦を経験していない最高戦争指導会議なのである。


 沈思黙考する会議の参加者を見かねてカーヴァイン大統領が口を開く。

「ダモダルダス首相、私に発言の機会を頂けるだろうか?」

 バーラタにおいて大統領は国家元首の地位にある。しかしその地位は儀礼的なものに過ぎず、実権はこれを伴わない。バーラタ大統領とは、議会が選出した首相を任命し、首相が任命した閣僚を承認するだけの存在であり、行政権は全て首相がこれを掌握している。この最高戦争指導会議にあって大統領には発言権は存在せず、ただこの会議の決定事項を承認することだけが大統領の責務である。そもそも会議に出席する資格でさえ法的には定められていないため、この日はオブザーバー参加の形式を取っているカーヴァインである。

「大統領閣下、どうぞ御意のままに」

 低調なダモダルダスの許可にカーヴァイン大統領は目礼する。


「諸君、この奇妙な、そうこの奇妙な戦争ストレンジウォーを前にして、諸君らが困惑していることはよく承知している。かく言う私も大変困惑しておる。領土拡張や各種権益の接収、賠償金の取得が目的であればそれなりの対応の仕方もあろう。しかるに今日の敵は、その戦争目的も戦略も、それら常の戦争とはいささか趣が異なるようである」

「かかる奇妙な戦争ストレンジウォーにしかし、諸君らは定石通りの論理で対応しようとしているように私には見えるのだが、違うだろうか?」

 カーヴァイン大統領は一同を見廻す。

「敵が奇妙な戦争ストレンジウォーを仕掛けてきたのであれば、こちらも奇手奇策を以って応ずるの他にないのではなかろうか。和平交渉も不可、戦闘継続も不可、即時戦力回復も不可とあっては正直お手上げと言うしかないが、最高戦争指導会議がお手上げと言ってしまっては、バーラタ国民は更に困惑するであろう。是非諸君には、今我々バーラタには何ができ、何をなすべきか、常識に囚われず再考してもらいたい」

「ダモダルダス議長、私からは以上だ」


 カーヴァイン大統領の指導を受けて、モーテー・ギー外務大臣が口を開く。

「大統領閣下、されば我が外務省においては、グレートエイトアイルズによる和平仲介に関する研究を進めましょう。しかしながら今すぐ和平という訳にはいかぬことは、ご承知おき頂きたく……」

 カーヴァイン大統領の言う通り、常識に囚われてグレートエイトアイルズの可能性を捨てるべきではない。少なくとも、仲介の労を取るか否かは先方の決めることであって、こちらが決めつける必要はないのだ。外務大臣に続き、ハーギュ商工大臣も口を開く。

ドラヴィタ重工DHIには、AMF-75Aの増産のみならず、AMF-60Aのライセンス生産も指示しておこう。無論、マラータダイナミクスMDにも相応の指導を……」

 マラータダイナミクスMDはAMF-60Aの開発・生産メーカーである。マラータダイナミクスMDの生産ラインだけでは生産量が不足するのであれば、競合メーカーであるドラヴィタ重工DHIにも生産させるしかあるまい。マラータダイナミクスMDは嫌がるであろうが、国家危急の事態であることは承知しておろう。


「防衛省では、改めてリベラリオンへの参戦を……これには外務省の力も借りることになりますが……」

 モーテー・ギー外務大臣に問いかけるようにキッシー防衛大臣が発言すると、

「財務省としては国債の追加発行とその引き受け手について準備を進めよう。グレートエイトアイルズに引き受けてもらえれば、これは後の和平交渉にも役立とう?」

 こちらもモーテー・ギー外務大臣を一瞥した後、ベルトゥーリ財務大臣が発言する。外務大臣は両大臣に目礼をしていたようであった。こうして、内閣としては主要4大臣の連携の元、和戦両略に向けた準備が開始されることになった。カーヴァイン大統領の満足そうな笑みを確認した上でダモダルダス首相はラージャ三軍統帥本部長に問いかける。

「内閣の意思は以上の通りだ。ラージャ三軍統帥本部長、軍部の方はどうか?」

 しかし、統帥本部長からの返答は実質のゼロ回答であった。

「今は隠忍自重を主とし、先ずは戦力の拡充を図った上で、しかる後に作戦立案を……」


 会議は決した。要するに、軍事的には静観-陸海軍は関与せず、戦術上の積極策を取らず-が結論である。同日、1800時。リベラリオン政府は正式に、駐留軍のバーラタからの一時撤退を決定する。そしてその決定は、即時実行に移された。キルヒホッフが正しく予想した通り、リベラリオン軍の一時撤退という軍事的空白は、パラティアの次の攻撃を誘うことになる。

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