第19話:清流の上に舞い散る桜吹雪のように
2078年8月12日1300時。
講堂に集まった36名の3号学生はみな、袖と襟元・胸元・裾に金糸の刺繍の入った白地の第一種礼装を纏っている。本来であれば4カ月後に行われるはずであった卒業式が、今からその予定を前倒しして挙行されようとしているのだ。戦争さえなければロシュやファーレンハイトなどは、恐らく下級生達からそのジャケットのボタン-鷲を模した
ファーレンハイトの場合などあるいは、学年首席のイッセキからもボタンの『交換』を要求された挙句に
「どうせ同じもんだし、交換したってしょうがないっしょ」
等と言ってこれを拒否していたことであろうし、
「えぇ~、ファーレンハイトちゃん、私とも交換してくれないのぉ~?」
等と抗議する
「それでは、第18小隊みんなで交換しましょう」
等と言いだしていたことであろう。そして、誰が誰のボタンをもらうかでひとしきり
「じゃぁ、みんなのボタンにみんなで色を塗ろうよ」
とか何とか言いだしたところで
「うち、デコるの得意だし」
等と
そんな、今となってはあり得ない幸福な未来予想図が頭をよぎったケプラーが、しんみりとした口調で残る2人の
「キルヒホッフちゃん、フレミングちゃん、2人のボタンを1つづつくれない? ファーレンハイトちゃんの棺に入れてあげたいの」
「いい考えですわね、ケプラー。ワタクシも賛同しますわ」
キルヒホッフの賛意にフレミングも同意する。
「4人一緒に卒業だもんね」
口の悪い同期生達も、さすがに今日は「
パルティル中部防衛航空軍団司令官が、今は
「
そう言ってパルティル校長は深々と頭を下げる。
「しかるに貴官らは、かかる緊迫した情勢下においてもなお己が責に目覚め、これを果たさんとここに集ってくれた。私は貴官らの勇気と誠心に心から感謝する次第である」
二度頭を下げた校長は、簡潔に祝辞を締めくくる。その祝辞の最後にパルティル校長は、フレミング達42期生を「卒業生諸君」でも「候補学生諸君」でもなく、ましてや「ひよっこども」等の蔑称を使うことなく、同じ死地を乗り越えた一人前のパイロットとして認めてくれたかのように、こう呼びかけてくれた。
「戦友諸君! 願わくば、この
そう、彼女たちはもう軍人なのである。それも、戦時下の……
しかしながら、若人達の華々しい門出を寿ぎその輝かしい未来を祝福すべき言辞の、今は何と簡素なことか。戦時下の、しかもここは最前線である。長広舌を振るう時でも場所でも無いことは言うまでもない。今、この瞬間にも敵襲があるかもしれないのだ。毎年の卒業式で行われる在校生祝辞やら卒業生答辞やら合唱やら、それら数々の儀礼が全て廃された-そもそも36名の卒業生しか出席していないのである-異例の卒業式である。尤も、
「辞令交付!」
ウェーバー教頭が式次第の進行を告げる。36人の42期生は今日ここで、中部防衛航空軍団司令官の権限により少尉に野戦任官されることになっていた。そもそも
「
「
「
学年首席のイッセキから順番に壇上に上がり、36人の卒業生が次々と少尉に野戦任官されていく。
******************************
『卒業生退場』などと、余韻に浸る暇も与えられない卒業生達は、ウェーバー教頭の「解散!」の掛け声でそれぞれの
第18小隊の3人は講堂から
「私ね。校長先生……じゃなくって、司令官閣下にお願いしたの。ファーレンハイトちゃんの機体に乗せてください、って……」
「ケプラー、貴女……みんなが嫌がるから」
機体が空いているとは言え、誰もファーレンハイトの機体に乗りたがる者はいなかった。そのことを悲しく感じていたキルヒホッフの問いに、ケプラーは澄み切った清流のような瞳で宣言する。
「私ね、
「それでその桜の花びらはね……ファーレンハイトちゃんの分隊にお願いしたいの……」
ケプラーとファーレンハイトは同じ
「それは良いアイディアですわね」
その想いの分かるキルヒホッフが賛意を示す。
「そうだ、そう言えば、そうやって機体を乗り換えられるのも、2人のお陰だって聞いたよ。ありがとう、フレミングちゃん、キルヒホッフちゃん」
「それで、司令官閣下はOKって?」
フレミングの問いにケプラーが破顔する。
「うんっ!」
「良かったね、ケプラー。そしたらファーレンハイトといつも一緒だね」
「そうなの!」
「ところで、機体とパイロットの編成はどうなるのでしょう?」
現状はパイロット過多である。尤も「ひよっこ」パイロットではあるのだが。
「そう言えばファラデー先輩もAMF-75Aに乗るみたいだし……」
唐突にファラデーの名を出すフレミングにケプラーが確認する。
「ファラデー先輩って、確か……私達が1号の時の、
確認するケプラーに、フレミングがケプラーとファラデーの共通点を挙げる。
「そう、そのファラデー先輩。私達とは高校も一緒なんだ、模型部の。そう言えばファラデー先輩もケプラーと同じ水色の髪だね。でも、ケプラーの方が少し……」
「そうですわね、ケプラーの方が澄んだ色というか、ケプラーは清流の
髪色の話に脱線しかけたところ、珍しくケプラーが軌道修正する。
「それで、そのファラデー先輩がどうしたの?」
「ファラデー先輩も
不正確かつ不明瞭な表現の
「というより、中部防衛航空軍団に配属になったそうです。先の戦闘に出撃されて……」
「えぇ? ファラデー先輩、大丈夫だったの?」
ケプラーの当然の反応にフレミングが中途半端に応える。
「うん、ファラデー先輩も機体も無事だったんだけど、機体は先輩の先輩に取られちゃうんだって」
「ファラデー先輩は機種転換訓練を受けて、
状況を理解したケプラーが呟く。
「それじゃぁ、益々機体が足りなくなるね……」
恐らくファラデー先輩以外にも、機体を失った元
「大丈夫ですわ、きっと」
フレミングも共有するケプラーの不安を、努めて明るくキルヒホッフが払拭する。
「我が
「さっすがキルヒー!
太鼓判を押す
「
「えっ、知らなかったっけ? キルヒーって、
「えぇっ~? そんなの聞いてないよぉ~フレミングちゃん。えぇ~何で~?」
驚くケプラーをよそにキルヒホッフが真顔でこたえる。
「それはともかく、今頃バーラタ政府はAMF-75Aの増産を
「それに?」
フレミングの問いにキルヒホッフが続ける。
「それに、元々10月には72機のAMF-75Aが納入される予定だったはず……」
本来であれば2号学生が愛機を受領する11月1日より前に、定数72機のAMF-75Aが
「そっかぁ。じゃぁ、そのうちの何機かはすぐに納入されてもおかしくはないね、キルヒー?」
「えぇ、恐らく……」
納得する
「えぇ~? これからキルヒホッフちゃん、じゃなくてキルヒホッフさんのことを何て呼んだらいいんだろぉ~?」
「じゃぁいっそ、キルヒーでいいじゃん!」
あっけらかんと提案するフレミングに、より一層困惑を深めるケプラーである。
キルヒホッフが予想した通り、翌13日0900時、中部防衛航空軍団は15機の新造AMF-75Aを受領することになった。しかし17機の現用機と合わせて合計32機。未だ定数48機を充足できない
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