第18話:世の中には成績だけでは図れないことが沢山ありますね

 2078年8月12日0030時。パルティル校長は校長室でウェーバー教頭から資料を受け取る。

「結局、任官を拒否したのは3人でしたか。みな、意外と精神的にも成長しているようですね」

 パルティル校長はもっと多くの候補学生カデットが任官拒否を申請してくるものだと思っていた。ウェーバー教頭も同意する。

「シャルルは仕方が無いとしても……」

 席次70位のシャルルは眼前で編隊長セクションリーダーのゲーリュサックが爆死するところを目撃してしまった。あまりの光景に彼女は言葉も無く、その後は今も虚ろな様子であるという。


「えぇ……ですがケプラーは意外でしたね」

 ケプラーの僚機ウィングマンであるファーレンハイトは、そのケプラーに抱かれて逝ったと聞いている。席次36位、すなわち学年成績で丁度真ん中にいるケプラーの評価は良く言って並、いわゆる可もなく不可もなくである、とパルティル校長は認識していた。それが意外にも精神面には強いものを見せているのだ。

「当たり前のことではありますが、世の中には成績だけでは図れないことが沢山ありますね。特に、あの年代の娘達には……」

 ややもすれば教育カリキュラムと成績判定への疑義とも取られかねない発言がその責任者の口を突いて出た事実に、ウェーバー教頭は内心では同意しつつも、パルティル校長の自白を無視して、替わりに違うことを口にする。

落ちこぼれスケジュールド小隊の汚名は完全に返上ですな」

「全く……ですが、候補学生カデットに期待しなければならないというのは、大人として……」

「同感です……卒業前の娘達を前線に送り出すことになろうとは……」

 今度は上官たるパルティル中将-中部防衛航空団司令官-の発言にウェーバー少将-大佐から野戦任官で昇進し、今は同副司令官の任にある-は賛意を示した。


 パラティア教国による奇襲攻撃の翌日。バーラタ航空宇宙軍は軍の再編を始めた。首都、西方、北方、東方各防衛航空軍団から発進した迎撃部隊816機のうち、帰還したのはわずか87機にすぎなかったのである。未帰還率90%という大惨事であり、残存部隊からは既に集団としての統制は完全に失われていた。何しろ各級指揮官を悉く喪失しているのである。航空宇宙軍参謀本部は迎撃部隊の生き残りにはベンガヴァルへの即時撤退を発令し、替わりに唯一被害を受けていない南洋防衛航空軍団から第23防衛航空軍全3個飛行群計144機を、応急復旧のなった首都防衛航空軍団ファーリダーバト基地に移駐させた。当面はこの第23防衛航空軍と東方防衛航空軍団隷下第14及び第21防衛航空軍計192機がバーラタの主戦力となろう。開戦前に比べると、何とも心許ないところである。


 同時に参謀本部は、迎撃部隊の残存戦力と候補学生カデットを寄せ集めて新編の部隊を編成することとした。中部防衛航空軍団がこれであり、航空士官学校ベンガヴァルに駐留することになる。その初代司令官にはパルティル中将が任命され、隷下部隊の編成はパルティル司令官に一任された。

「つまり、我々はあまり期待されていないということなのでしょう」

「司令官、それはあまりに自虐が過ぎます」

 敗残兵と新兵以下のひよっこの寄せ集め。名称だけは「航空軍団」と体裁を整えているが、定数すら満足に揃っていないのである。因みに、バーラタ航空宇宙軍の基本的戦略単位は2個飛行隊48機からなる飛行群である。これが2ないし3個飛行群を以って航空軍を構成し、1ないし2個航空軍で航空軍団を構成する。すなわち航空軍団隷下には本来、150から300機程度の航空戦力が配されるのが通常なのである。一方、いかに戦時下とは言え統制の取れていない旧型87機とひよっこの操縦する新型17機が今のところの全戦力となる中部防衛航空軍団である。名前倒れも甚だしい、とは誰もが抱く感想であろう。


「まぁ、ぼやいても仕方ないでしょう。部隊の再編制を急がねばなりませんね」

 パルティル司令官の言う通りである。小隊長、中隊長、飛行隊長、飛行群司令などの各級指揮官を定め、部隊を編成しなければならない。

「それで、どのような編成をお考えですか?」

 ウェーバー副司令官の質問に、これだけは決めてあるという表情でパルティル司令官が答える。

「基本的には3個飛行群……変則ではありますが、機種を混合するとかえって運用を難しくするでしょう。AMF-35A部隊を第001防衛飛行群、AMF-60A部隊を第010防衛飛行群、AMF-75A部隊を第000防衛飛行群と命名して、3個飛行群に再編します」

「了解しました。しかし、AMF-75A部隊とは実質……」

 ウェーバー副司令官の疑問にパルティル司令官が同意する。

「その通り、ひよっこ集団です。従ってせいぜい中隊長に任ずるのが関の山。替わりに上級指揮官の役割は司令部で負うことにしましょう」

 中隊長でも12機の戦闘指揮を執ることが求められている。せいぜい小隊規模での運動しか経験していない候補学生カデット達には、それでも任が重いことであろう。しかし、そんなことはとっくに割り切ったという表情の司令官が続ける。

「どの道、データリンクしてしまえば攻撃目標の選定はこちらの仕事。戦闘機ファイターの仕事はミサイルの輸送と発射だけです。それに、所詮大規模空戦の実践経験など、我が国では誰にもないのですから。先の負け戦以外には……」


 上官の自重を再び無視してウェーバー副司令官が質問する。

「了解しました。それで、人選はどのように……?」

 パルティル司令官の指示は明瞭だった。

「第001および第010防衛飛行群の各級指揮官については副司令官にお任せします。どうせ各部隊からの寄せ集めで連携も何もありませんから、まぁ先任順で構わないでしょう。後で適宜野戦任官することとします」

「はっ! で、第000防衛飛行群000Wは?」

「そちらは、ひよっこ達の様子を見ながら最終的に私が決定します」

 成績だけでは図れない、と先ほど口にしたばかりの司令官である。実践部隊の中隊長を航空士官学校ベンガヴァルの席次だけで判断するわけにはいくまい。それに……

「またチャンドール准尉の意見具申に救われそうですね」

「仰る通りです」

 乗機を失ったAMF-60Aパイロットと、専属パイロットが未定の新造AMF-75Aも配備しなければなるまい。チャンドール准尉とネルクマール准尉の開発した機種間相互インタージェーン設定パラメータ変換機コンバータは、こんな状況下における部隊編成計画に少なからず資することであろう。


******************************


「ところで、この難局にあって、リベラリオンはどう出てくるのか、司令官は何か……?」

「今のところは何も……」

 2078年8月11日バーラタ標準時1600時、バーラタ政府とリベラリオン政府の間で2+2、いわゆる外相+防衛相会議が開催されたらしい。緊急時のことでもあり、件の2+2会議はオンラインで開催されたとのことである。時差が10時間ある両国にあっては、リベラリオンでは早朝にあたる。無論、突然の有事に、両国の関係スタッフは寝る暇もなく事態に対処していたことであろうが、先方とてあまり機嫌のよい時間と議題ではあるまい。

「恐らくは同盟条約にある自動参戦条項の適用をバーラタ政府は訴えたはずですが……」

 パラティアの宣戦布告文書にあった通り、バーラタ共和国はリベラリオン連邦と安全保障条約を締結している。条約によればリベラリオンは、バーラタが周辺諸国と戦争状態に入った場合にはバーラタ側について参戦する責務を負う。一方のバーラタは、リベラリオンに対してその軍の駐留に当り基地を貸与しその他の便益を提供することになっている。


 パルティル司令官が続ける。

「ですがこの『戦争状態』という用語の定義を巡って今頃は紛糾しているのではないか、と……」

「と仰ると……?」

「クラウゼーリッヒの言う通り戦争が『別の手段を用いて行う政治の延長』であるとすれば、パラティアの政治的要求は明白ですね」

「えぇ、それは我々バーラタにリベラリオンとの同盟を破棄させること……」

 副司令官の相槌に満足した司令官が続ける。

「それに、皮肉にもパラティアは、わざわざ宣戦布告をしてから攻撃を開始しました。彼らからすれば宣戦布告など本来は不要な手順でしょうに……」

「それが皮肉、ですか?」

「そう。彼らは敢えて、彼らの好まざるところのオチデントのルールに従って、この戦争を開始したのです。オリエントの流儀に依るのではなく……」

「つまり……これが『戦争』である、と内外に示すために?」

「オチデントの民が自ら定めたルールに従い、自ら定めた定義に当たる行動をパラティアは取る……まるであたかも『これを戦争と呼ばずして何と言うか?』と、リベラリオンに突きつけるようにして」


「ですが……今のところバーラタ、リベラリオン両政府から何も発表がないところを見ると……」

 ウェバー副司令官が上官を引き継ぐ。もし自動参戦条項に従ってリベラリオンが参戦を決定したのであれば、既にそのような発表が両国政府からなされているはずである。それが報道発表どころか、現地部隊-場合によっては同盟国軍との各種調整を行う任にある-の司令官にも通知されていないのだ。つまりは……

「えぇ……恐らくリベラリオン側は『当方に相談なく勝手に宣戦布告した』とか『第一義的にはバーラタ自身にバーラタを守る責任がある』などと言って、責任回避を図っているのではないか、と……」

 パルティル司令官はリベラリオンが現時点での参戦を拒否していると想像しており、その想像は正しく副司令官にも共有された。

「あるいは『これは戦争ではない』……と?」

「そう、例えば『これは局地紛争に過ぎないため、当事者間での解決を期待する』辺りの返答が妥当なところでしょうか?」


 パルティル司令官の想像は大筋のところで当たっていた。リベラリオン政府もこの問題には相当頭を抱えていたのである。今のところパラティアは、バーラタに対して全面戦争をしかけている様子ではない。一方、仮にここでリベラリオンが参戦してしまうとリベラリオンは、核保有国である西オリエントの大国との全面戦争を覚悟しなければならなくなる。とは言えパラティアの宣戦布告にはリベラリオンが名指しされており、そうでなくともここで引けば、リベラリオンの他の同盟諸国にも動揺を与えかねない。


「全く、パラティアではありませんが、リベラリオンの勝手気ままたるや……」

 今のところリベラリオンはその強大な軍事力と圧倒的な経済力、いわゆるハードパワーを背景に世界中に覇権を唱えている。しかし一度その信が崩れることがあれば……

「滅多なことを口に出すものではありません。政治のことに我々が口を挟むことは、あまり好ましからざることなのですから」

 そう諭しながら、あるいはそれがパラティアの目的なのか、と想像するパルティル司令官であった。

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