第20話:小官は承服しかねます、司令官閣下

 航空士官学校ベンガヴァルの2本の滑走路には、合計3列の格納庫ハンガー群が並設されている。すなわち、第1滑走路北辺のB誘導路に沿ったB格納庫ハンガー群、第2滑走路西辺のC誘導路に沿ったC格納庫ハンガー群、および第2滑走路東辺のD誘導路に沿ったD格納庫ハンガー群である。また各格納庫ハンガー群はそれぞれ12の格納庫から構成されている。そして個別の格納庫ハンガーはこの格納庫ハンガー群の接頭辞アルファベットに連番をつけて命名されるのが決まりであった。例えばD格納庫ハンガー群の最北端にあるフレミングの格納庫は「D-12格納庫」が正式名称である。


 それぞれの格納庫は間口が100mほどあり、小型のAMF-60Aであれば5機、大型のAMF-75Aでも4機まで収容可能である。ベンガヴァルが学校として機能していた頃は1つの格納庫を2つの分隊で利用していたが、ここが最前線基地ともなればそのような贅沢な使い方は最早赦されないであろう。既にB格納庫ハンガー群とC格納庫ハンガー群を使っていた42期生達は、D格納庫ハンガー群のうち主のいないものへの移動を命じられている。空いたB格納庫ハンガー群にはAMF-60A部隊を、C格納庫ハンガー群にはAMF-35A部隊を、それぞれ収納するのだ。


「お引越しかぁ、面倒だねぇ~」

 赤髪マルーンの分隊長がぼやく。今のところD格納庫ハンガー群を利用している新米少尉に移動の命令は出ていないが、部隊が再編されるということであれば恐らく、今の小隊編成も解消されることになるであろう。そもそも、メンバー4人が全員無事な小隊などひとつも無い42期生なのである。

「フレミーとは違う小隊になる可能性もありますものね」

「そうなったら寂しいねぇ~」

 敵との戦闘を目前に控えながら、極度に緊張するでもなく、あるいは過度に気負うでもなく、どこか学生っぽさが抜けない様子の2人の分隊長に、おやっさんが声をかける。

「ところがそれが、そうでもねぇかもしれねぇぞ」

「どういうこと、おやっさん?」

「そりゃまぁ、オレらも引っ越すのは面倒だしよぉ……」


 相変わらず話に要領を得ないチャンドール准尉を見かねてネルクマール准尉が解説する。

「つまり、こういうことです、姫様、フレミー嬢。我々が様々な現地改修を行い、技術面から司令官閣下に意見具申しているのはお2人ともご承知のことですが……」

 機種間相互インタージェーン設定パラメータ変換機コンバータも、ロケットブースターも、空対空ミサイル改地対空ミサイルも、全てこの2人の機付長の功績であることを、2人の分隊長は理解している。と、ネル隊長の説明がまだ途中であるにも関わらず、おやっさんが横から口を挟む。尤も、おやっさんからすればきっと「横から口を挟んだのはネルの方だ」くらいに思っているに違いない。


「まぁ、他にも色々考えてんだけど、要はそれらの作業でオレらも今は動けねぇってこった。機付長が引っ越せねぇってのに、分隊長だけ引っ越す訳もねぇだろ……? ってかお嬢、引っ越しが面倒つったって、結局はオレらが作業すんだから、お嬢には関係ねぇだろう!」

 卒業してもやっぱり「お嬢」で「フレミー嬢」のままなのか、と内心では何かひっかかるものを覚えつつ、親友と同じ格納庫ハンガー-小隊-で引き続き行動を共にすることができるのであれば、やはり嬉しさが顔に滲み出るのを隠せないフレミングである。そんな分隊長の様子をみた機付長が、勝ち誇ったように告げる。

「まぁ、オレらに感謝するんだな、お嬢、ヒメさんも」

「えぇ、チャンドール准尉、ネル隊長も、本当にありがとうございます。いつもワタクシ達を助けて頂いて」

 ふくれっ面をして横を向く赤髪マルーンに替わり、金髪ブロンドの親友が2人の整備士メカニックに礼を言う。


「おぅ、それよりも早くメシ済ませておけ! 午後から校長閣下の訓令があんだろ?」

 このところ、食事はいつも格納庫ハンガーで済ませている操縦士パイロット達である。いつまた敵襲があるか分からない状況下では、寮舎レジデンス学校スクール食堂ダイナーでのんびりと、優雅に-士官教育のひとつには食事マナーも含まれているのだ-食べている暇などないのである。尤も、金髪ブロンドの親友は汗と油の混じった空気の中で食事をすることには多少の抵抗があるようだ。「キルヒーはお嬢様だから……」と同情するフレミングにも、しかしひとつだけ気の進まないことがあった。

「ねぇ、おやっさん、どうして私達だけ一品多いのよぉ~?」


 いわゆるパイロット食というものである。バナナであったりプリンであったり、とにかくパイロット食は、他の整備士メカニック達の食事に必ず何か一品追加されたメニューなのである。「士官だから下士官とは違うメニューで当然だ」という説明も、「パイロット用に栄養補給に配慮して」という誤魔化しも散々聞かされ、一応それなりに理解はするフレミングではあるが、やはりどうにも食べにくいのだ。そもそも、「プリン1個で栄養補給って、まるでメインメニューに栄養が無いみたいじゃない」等と思う赤髪マルーンである。

「そんなこと言わずに、全部食べなければいけませんわよ、フレミー」

 ゆるふわ金髪ブロンドをやさしく揺らしながらキルヒホッフが諭す。「フレミーは優しい子だから……」。フレミングの躊躇が分かるだけに、敢えて先に完食してみせるキルヒホッフであった。


******************************


 8月13日1300時。42期生36名は三度講堂に集合させられた。ついにAMF-75A部隊の編成が発表されるのであろう。既に、先の戦闘から帰還した旧型2機種の部隊は2個飛行群に再編されたと伝え聞く。本来バーラタ航空宇宙軍は、3個小隊12機で中隊を編成、2個中隊24機で飛行隊とし、2個飛行隊48機で構成された飛行群を戦略的基本単位としている。ところが、帰還したAMF-35Aは31機と定数不足であるのに対し、AMF-60Aは56機と定数超過であり、どちらも正規の飛行群としてこれを編成するには可用機数に過不足がある。しかし司令官は機種混在を避けるため、敢えて31機の飛行群と56機の飛行群に再編したらしい。尤も、AMF-75Aの稼働機は現在17機。

「私達の部隊はどう編成されるんだろうね? 17機じゃぁ、流石に2個中隊にもならないし……」

 フレミングはキルヒホッフ、ケプラーと連れ立って格納庫ハンガーから講堂へ移動している。

「でもさぁ~、キルヒホッフちゃんが言ってた通り、今日は朝から沢山のAMF-75Aが着陸してくるみたいだよ」

 結局キルヒホッフのことを「キルヒホッフちゃん」と今まで通りの呼び方で呼ぶことに決めた水色ライトブルーの編み込みが、そのキルヒホッフに向かって話す。

「そうですわね、朝からもう7,8機は着陸したでしょうか……ですが、まだまだ足りませんわね……」

 少し自信なさそうにキルヒホッフが俯く。


 講堂に着くともう既に多くの同期パイロット達が集合しているようだった。中には、ファラデー先輩の姿も見える。どうやら42期生だけではなく、機種転換訓練を行った先輩達も招集されているようだ。1級上、2級上の先輩が多い様子でみな航空士官学校ベンガヴァルで見知った顔ではあるが、中にひときわ懐かしい顔を見つけたフレミングは「キルヒー、あの人」と声をかけながら、その顔の主の方に近づく。

「テイラー先輩じゃないですか! 先輩も機種転換を?」


 それは、ファラデー先輩と同じく、フレミング達には高校時代から交流のあるテイラー先輩であった。尤もテイラー先輩はベンガヴァル女子高の出身で、カンナダ女子高のフレミングやキルヒホッフとは違う高校ではあった。が、やはり同じ模型部-彼女たちはモデリング部と称していた-の部長で、カンナダ女子高模型部とベンガヴァル女子高モデリング部の間には様々な交流があったのである。テイラー先輩はファラデー先輩と同学年、フレミング達の2学年上に当たり、航空士官学校ベンガヴァル40期生である。

「あぁ、フレミングか、久しぶりじゃないか。そう言えば自分、競技会オリンピアで優勝したそうだな? ファラデーから聞いたぞ」

 キルヒホッフより少し淡い金髪ブロンドを揺らしながら、テイラーが明るく答える。テイラーのショートカットはくせっ毛が強く、かつてフレミングが

「テイラー先輩のハネハネショートって、幼稚園児が飛び跳ねてるみたいですね」

 などと軽い気持ちで突っ込んだら

「うっせぇ、これはくせっ毛で、うちだって好きでやってんじゃねぇ」

 と言われて怒られたことがある。

「テイラー先輩もご無事で……」

 こちらは黄金で染め上げたように美しく輝く金髪ブロンドの持ち主が挨拶を交わす。

「おぅ、キルヒホッフも元気そうで。2人とも、もし同じ小隊になったら、よろしく頼むぞ」

 それなりにフレミングとキルヒホッフの実力を信じてくれているのであろう。2級上の先輩の、涼やかな風が吹き抜けるような爽やかな物言いに「テイラー先輩は変わらないな」と安堵感を覚える2人である。


******************************


「それでは部隊編成を発表する」

 壇上に据えられたパイプ椅子に坐したパルティル司令官が見守る中、ウェーバー副司令官が編成の発表を始める。

「パルティル司令官は此度、ご自身の預かられた中部防衛航空軍団隷下に、3個飛行群から構成される第00防衛航空軍を新設された」

 第00防衛航空軍……これまで航空軍の番号はすべて1あるいは2から始められるのが通例であった。第1世代戦闘機AMF-35Aが配備された部隊は第1X防衛航空軍、第2世代戦闘機AMF-60Aが配備された部隊は第2X防衛航空軍、というように。慣例に従えば第3世代戦闘機であるAMF-75Aが最初に配備されるこの部隊は第31防衛航空軍と命名されるところであろう。場内がざわめく。

「尚、第00防衛航空軍の通称はクリシュナと定められた」

 防衛航空軍には命名と同時にバーラタの神々からその名前を拝借した通称が定められることが通例であるが、この新設部隊には、バーラタでは最も人気があるとも言われる神の名前が与えられた。場内のざわめきが更に大きくなる。何しろクリシュナは「無敵」の代名詞なのだから。


「さて……」

 しばしの間を取った後、ウェーバー副司令官が続ける。

「さて、貴官らも既に知っている通り、現在クリシュナ隷下には3機種の戦闘機が配備されている。しかし、これら複数機種を混合して部隊を編成するのでは運用に難ありと考えたパルティル司令官は、これを3つの飛行群に分けることを英断された」

「すなわち、AMF-35A 31機を以って第001防衛飛行群、AMF-60A 56機を以って第010防衛飛行群とする」

 ここまではみな既に噂で聞いているところである。

「そして、貴官らの駆るAMF-75Aの部隊は、第000防衛飛行群、通称000Wトリプルゼロウィングと呼称される」

 第00防衛航空軍第000防衛飛行群、全てがゼロの新部隊である。そのことに気づいたパイロットの1人が、副司令官の発表中であると言うのにもかかわらず声を挙げる。


「それは、我々がひよっこである、中身がゼロであるとのアナロジーでありましょうか?」

 その無礼な質問にしかし、ウェーバー副司令官は笑みを以って回答する。

「そう思うのは貴官らの勝手である。しかし小官自身はこれを、司令官閣下の深謀と理解しているつもりだ。ゼロとは無、無とはすなわちこの宇宙の全て。言い換えれば、真理を悟れは貴官らの可能性はこの宇宙に無限に存在する。ゼロとはそのような数字であると小官は考えるが、それは貴官ら新米パイロットには全く相応しい部隊名ではないか?」

 講堂を見廻した後、ニヤっと笑った副司令官が付け加える。

「そもそも、ゼロの概念は我らバーラタが発見したものであるし……な」

 講堂の雰囲気が一斉に和む。自らの解説が意外な効果を挙げた手応えを感じつつ、ウェーバー副司令官は本題に入る。


「さて、貴官らも承知の通り、先の空襲によりベンガヴァルに配備されたAMF-75Aはその大半を消失した。現在稼働可能数は17機に過ぎない。尤も、今後ベンガヴァルにはメーカーから新造のAMF-75Aが空輸フェリーされてくることにはなっている。第一陣は15機を予定しており、今朝から搬入が開始されているのは貴官らも承知の通りである。合計32機。これが当面の000Wトリプルゼロウィングの全戦力ということだ」

 会場内のざわつきが大きくなる。全く、副司令官閣下の訓令中であるというのに、ひよっこ達はまだ学生気分が抜けないのであろうか。「これは鍛え方が足りなかったかもしれないな」と自省するパルティル司令官ではあるが、ここで言を挙げる訳にもいかず、ただ鋭い眼光を放って講堂中をひと睨みする。


「無論、貴官らが最も気にしていることを、小官もよく理解しているつもりである」

 ウェーバー副司令官がそこで一旦言葉を止めるとざわめきが収まる。「ウェーバー副司令官はよく聴衆を操るものだ」と感心するパルティル。パイロット達の集中が高まったところでウェーバー副司令官が口を開く。

000Wトリプルゼロウィングは、3個小隊12機からなる中隊2個と、2個小隊8機からなる中隊1個、合計3個中隊からこれを構成する。尚、飛行隊隊長以上の上級指揮官は司令部が兼任することとし、各中隊長には中隊隷下への指示に専念してもらう」

 上級指揮官の役割を司令部が兼任するのであれば、新米パイロットの寄せ集めでもそれなりに機能するであろう。機数も32機まで充足できるのであれば3個中隊に編成することも理解の範囲内である。あとは、誰が乗機を得て、誰が中隊長、小隊長の任につくか……


「さて、3人の中隊長にはこれから辞令を交付する。貴官らも知る通り、飛行中隊長は大尉もしくは少佐を以ってその任に充てることとなっている」

 ウェーバー副司令官が目くばせするとパルティル校長が立上り、ウェーバー副司令官と入れ替わりに演台の前に立つ。

「ファラデー少尉っ!」

「はっ」

 ウェーバー副司令官の号令に、ファラデー先輩が起立し、そのまま壇上まで進む。パルティル司令官が、既に演台に置かれている3枚の辞令から1枚を取り上げ、辞令を読み上げる。

「バーラタ航空宇宙軍少尉 ファラデー。中部防衛航空軍団司令官の権限により、貴官を臨時にバーラタ航空宇宙軍大尉に任じる。 2078年8月13日 バーラタ航空宇宙軍 中部防衛航空軍団司令官 パルティル」


 ここに、ファラデー中隊が誕生した。続いて2人目の中隊長が呼ばれる。

「テイラー少尉っ!」

「はっ」

 ファラデー先輩に続いてテイラー先輩が中隊長に任じられた。2人とも40期の卒業生であり、どうやらここにいるAMF-75Aのパイロット達の中では最先任のようである。3人目の中隊長も40期から選抜されることであろう。講堂に集まる誰もがそれを当然のことのように受け止めていたため、次の発表は講堂中に大きな衝撃を与えることになった。


「フレミング少尉っ!」

 名指しされた本人でさえ、最初はそれが誰のことか分からないほどであった。「フレミングなんて先輩、いたかなぁ~」と頭の中で回想していると、副司令官から再度名前を呼ばれる。

「フレミング少尉っ!」

 見かねた隣の金髪ブロンド赤髪マルーンの脇をつつく。

「は、はいっ!?」

 慌てて返事をするフレミングであるが、どうにも様にならない。

 壇上に上がるフレミングの所作はどことなくぎこちない。しかし、辞令を受け取るその瞬間、パルティル校長の顔に少しだけ優しい笑みが浮かんだようであった。まるで「頑張りなさい、フレミング。戦闘機ファイター輸送機キャリアではないことを、貴女自身の腕で私に証明してみせなさい」と言われたような気がしたフレミングは、何故か心中の動揺が落ち着いていくのを感じていた。


 フレミングが壇上から降りると、パイロットの中から挙手をする者があった。壇上の司令官も副司令官もその挙手に許可を与えなかったが、シルクのように光り輝く気品のある青銀色ブループラチナを揺らしながら、42期席次3位のボルタが起立し、抗議の声を挙げる。

「小官は承服しかねます、司令官閣下」

 制止しようとするウェーバー副司令官を目で制し、パルティル司令官が問いかける。

「ボルタ少尉、発言を許す。貴官は何故私の決定に異議を申し立てるのか?」

 改めて姿勢を正しパルティル司令官に敬礼した後、発言を続ける。

「司令官閣下、発言をお許し頂きありがとうございます。ですが小官には、フレミング少尉の中隊長就任を承服できかねます」

「それは、フレミング中隊隷下には入りたくない、ということかな? ボルタ少尉」

 敢えて意地悪な質問をする司令官閣下に、ボルタはその目を真っすぐ見つめて誠心の返答をする。

「いえ、司令官閣下。そのような私情からではありません。小官がフレミング少尉の中隊長就任に反対するには、3つの理由があります」

「ほう、言ってみなさい」


 先に「理由が3つ」と挙げたのは正解であった。パルティル司令官はボルタの意見に耳を貸してくれるようである。簡潔かつ端的に、理由を挙げて意を述べる。

「まず一つ目は、我が飛行群には先任少尉がまだ多数おられます。さらば先任の順に指揮官を定めることこそ、軍の規律秩序を守るに資すると小官は考えます。また仄聞するところによれば、他の2個飛行群にあってはそのようにお取り計らいされた、と」

「次に二つ目の理由ですが、恥ずかしながら小官達42期パイロットには実戦経験がありません。一方において、先任少尉の先輩方は、既に敵との交戦を経験されております。我が飛行群にあってはその経験こそが宝である、と小官は考えます」

「最後に、もし仮にAMF-75A新型への習熟度を理由に42期から中隊長を選抜するのであれば、それは首席のイッセキ少尉をおいて他にはない、と小官は考えます。無論小官も、フレミング少尉の操縦能力の高さはよく理解しており、恥ずかしながらそれは小官などよりは上であることは認めざるを得ません。しかしイッセキ少尉は操縦能力の面においてもフレミング少尉に匹敵するばかりか、その戦術、指揮その他の面においては、フレミング少尉には申し訳ありませんが、同少尉の遥か上にあるものと考えます。総合的に捉えて最優秀であることこそイッセキ少尉が首席たる所以である、と小官は考えます」


 全く、ボルタ少尉の議は理に適っている。候補学生カデット時代よりボルタは何かとフレミングに対抗意識を持っていたようであり、あるいは今回の異議申し立てはその反発からかと危惧していたパルティル司令官は、ボルタの真っ当な抗議に内心では喜んでいる。この場では黙っているが、同じような蟠りを持つ40期、41期パイロットも中にはあろう。特に、フレミング中隊隷下に配属されるパイロット達の中には……良い機会であるから、彼女らの反発にも予め答えておくこととしよう。パルティル司令官は心の内でボルタに感謝しつつ、口を開く。

「ボルタ少尉、貴官の言いたいことはよくわかった。しかし私にも、フレミング大尉を選んだ理由が3つある」

 パルティル司令官はボルタと同じ論法に乗っかってやることにした。


「まず一つ目はボルタ少尉も指摘する通り、フレミング大尉の操縦の腕は航空士官学校ベンガヴァル史上初の『特A++』と評価されており、特にAMF-75Aの操縦においてはその習熟度にも鑑みれば、恐らく現時点にあっては我が国随一であろうと考える。そのことは何より、貴官らが最もよく知っていることであろう? 同じパイロットとして」

 何しろ、AMF-75Aの機動制限装置マヌーヴァリミッタを解除-機体の能力を最大限発揮-して飛べるのは、フレミングとイッセキだけなのである。機種転換を受けたばかりのパイロット達は言うにおよばず、他の42期生にもそれは未だ不可能な芸当であった。しかも、イッセキの場合にはまだぎこちなさがその機動マヌーヴァに残る一方、「躍るダンシング赤髪マルーン」と呼ばれるフレミングのそれは芸術的アートである、とさえ見えた。パルティル司令官はゆっくりとパイロット達の顔を見廻す。特A++と聞いた40期、41期パイロットの表情には感心と動揺のマーブル模様が表れているようだ。「良い傾向だな」とニンマリしつつ、ことさら『大尉』を強調して司令官は自説を展開する。


「二つ目だが、ボルタ少尉は戦術、指揮のことを挙げていたな……無論その点は私も認めるが、上級指揮官の役割は司令部が兼任すると伝えたはずである。中隊長は中隊隷下のことだけを考えるように、とも。そしてフレミング中隊は、通常の中隊編成からは変則の2個小隊から構成される。2個小隊の指揮運用であれば、フレミング大尉にもさほど荷が重くはなかろう」

 確かに、中隊長とは言え所詮、司令部の命を隷下に伝える伝達役メッセンジャーに過ぎないのだ。パイロットはデータリンクしてミサイルを射つだけであり、中隊長がことさら何か命令を下すようなこともあるまい。あまつさえフレミング中隊は、高々2個小隊だけの臨時変則中隊にすぎず、正規の中隊ですらない。多くのパイロットがそのような形ででも納得してくれれば今はそれで充分である、とパルティル司令官は考えている。


「最後に。フレミング大尉は既に、編隊を組むキルヒホッフ少尉と合わせて敵巡航ミサイル12基を撃破する、という武功を挙げている。ボルタ少尉は42期パイロットには実戦経験が無いと言ったが、私はフレミング大尉には既に充分な実戦経験と功績がある、と理解しているつもりだ」

 40期、41期パイロットの中から「ほぅ」と感心の呟きが漏れる。テイラーなどはフレミングに向かってサムアップまでして見せている始末である。彼女達には実戦経験があるとは言ってもその実態は、「敵から逃げてきた」というだけのことであった。ファラデーも敵ミサイルをロックオンして全弾発射したとは言うが、要は逃げるために機体を軽くすることがその主目的であり、実のところその戦果までは確認できていない。敵に背を向けた時点でAMF-60Aのロックオンレーダーは敵ミサイルの追尾、表示を中止してしまっているのだ。ミサイル自身が標的ターゲットをロックオンできていればあるいは命中していたかもしれないが、あの緊急時のミサイル射出に一体どれだけの有効弾があったことか……それに比べて僚機と合わせて12基のミサイル撃破とは。恐らくこの場にいるパイロットの中で、最大の戦果を得たチームであろう。


「ですが!」

 ボルタが青銀色ブループラチナの髪を震わせて抗議する。

「ですが、司令官閣下。その迎撃弾は地上から射出されており、その戦果は整備士メカニック達に帰するものである、と小官は考えますが」

 席次3位の言いたいこともその想いも分かる司令官は敢えて直接の返答をせず、代わりに首席の見解を問うことにしてみた。それはまるで、演習課題に不合格であった候補学生カデットに対し、優等生から模範解答を披露するよう指示する教官のような口調である。

「そうね、ボルタ少尉の言いたいことも分かりますが、イッセキ少尉、ボルタ少尉に推薦された貴官自身はどのように考えますか?」


「司令官、発言をお許し頂きありがとうございます」

 起立して司令官に敬礼を捧げた後、42期首席はその桃色のクルーカットのように真っすぐに答えた。

「小官には司令官のお考えに異を唱えるつもりはありません。小官はフレミング大尉の実力と実績を高く評価しており、フレミング大尉は我が000Wトリプルゼロウィングの中隊長に適任であると考えます」

 もし42期から自分以外の者が選ばれるなら「フレミングさんと……あとはあの桜色SAKURAくらいしかいませんわね」、と思いながらイッセキは続ける。

「更にボルタ少尉の指摘する戦功については、例えそれが機付長のものであってもその功は分隊長に帰するものである、と小官は理解しております。付け加えるならば、フレミング大尉にはチャンドール准尉を機付長に選択した功もあるか、と」

 そう言って桃色クルーカットの42期首席は再び司令官に敬礼した後、静かに着席した。「チャンドール准尉」と聞いて40期、41期パイロットがまた震撼する。チャンドール准尉の名は現地部隊にあっては有名らしい。


「司令官!」

 尚も食い下がろうとするボルタではあるが、今は幾分感情的になっているらしい。少なくともこの一連のやり取りを通して先任パイロット達にフレミング中隊長の正当性を理解させることには成功したと判断したパルティル司令官は、ボルタのこれ以上の異議を却下することにした。ここはむしろその方がよかろう。ボルタには少し落ち着いて考える時間を与えてやるべきであろう。

「ボルタ少尉、貴官の言いたいことも分からないでもない。だが、残念ながら今の貴官に決定権は無い。決めるのは私であって、貴官ではない。分かるな、ボルタ少尉。もしまだ異論があるなら、せめて『閣下』の称号とともに出直すことだ」

 ぴしゃりと打ち切られて力なくその場に着席するボルタ少尉を見やり、パルティルは少しだけやさしい声音で新米パイロットを諭す。


「いいですか、ボルタ少尉。部隊をどのように編成し、誰を指揮官にして、どのように作戦指導するか。そのことは、全バーラタ国民の生命と財産と自由、付け加えるならばバーラタの過去歴史現在名誉および未来栄光、そして何より、貴官ら1人1人の安全に責任を持つ、ということを意味するのです」

 自分自身に、噛みしめるように、パルティルは言葉を紡ぎ出す。

「1つの決定が多くの結果の原因となります。その結果は、他の誰でもない、その決断をした当人にのみ責を問います。『閣下』の称号とは、それを持つ者にその決断と責任を常に問い続けるものなのです。そして今の貴官らは、その責を負うにはまだ若すぎるのです」


 先の敵襲で多くの部下を殺した司令官には、今まさにその責が問われている。そしてこれからも新たな決断を迫られ続け、新たな責任を問われ続けることを自覚しているパルティルである。

「貴女達にはもっと多くの経験が必要なのです。『経験』とは実戦経験だけを意味するのではなく、もっと多くの、いわゆる人生経験を積みなさいということなのです。ボルタ少尉、分かりますか?」

 やさしく問いかけるパルティル司令官は、今は校長先生の顔に戻っている。「もっと様々なことを教えてやりたかった」という悔悟と、「この娘達が生きている限りまだこれからも教えることができる」という希望が司令官閣下と校長閣下の間で揺れ動いていた。


 その後、8個小隊全32機の編成が発表された。その内訳は40期5人、41期4人、42期23人である。フレミング中隊にも3人の40期パイロットが配属されることになっていた。

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