第13話:無事生き残ったら、みんなでまたパーティーをしましょう

「パルティル校長閣下、第18小隊チャンドール准尉より意見具申」

「意見具申を認める」

「これよりフレミング機およびキルヒホッフ機の2機は試製プロトタイプロケットブースターの試用テストユースによるD誘導路エプロンからの緊急エマージェンシー離陸テイクオフを行いたく、校長閣下のご裁可を」


 オープン回線を通じてパルティル校長に許可を求めるおやっさんに応じて、パルティル校長が、こちらもオープン回線を使って全校に指示する。

「発 航空士官学校ベンガヴァル校長 パルティル。第18小隊フレミング分隊チャンドール准尉の意見具申を是とする。フレミング、キルヒホッフ両名には、ロケットブースターの使用ユース並びにD滑走路東エプロンからの緊急エマージェンシー離陸テイクオフを許可する。ただいまより両機による離陸テイクオフ手順シーケンスが終了するまでの間、全ての人員、車両、機材その他のD滑走路東エプロンへの進入を禁止する。両候補学生カデットは速やかに離陸テイクオフ手順シーケンスに入れ」


 おやっさんの言う通り、パルティル校長はロケットブースターの使用を認めてくれた。しかも、おやっさんが敢えて「試製プロトタイプロケットブースター」の「試用テストユース」と表現したところ、校長はこれを「試製プロトタイプ」とは呼ばず、更には「使用ユース」と命令してくれた。「きっと校長閣下は、私が信じているその何十倍もおやっさんのことを信頼しているんだな」と意を強くしたフレミングは、ゆるふわ金髪ブロンドの親友に声をかける。

「キルヒー、準備はいい?」

「えぇ、大丈夫よ、フレミー。いつでも行けますわ」

「じゃぁ行こう!」


 キャンディーマルーンのAMF-75Aがエプロンまで移動し、アンティークゴールドの機体が続く。発進前の最終点検シーケンスを終了し風防キャノピーを閉じたフレミングはキルヒホッフに声をかける。

「じゃぁキルヒー、先に行くね」

「えぇ、ワタクシもすぐ行きますわ」

 西南西1mの微風。離陸に影響は無い。フレミングは左手のスロットルを押し込んでミリタリーに入れると同時に音声入力ヴォイスコマンドで指示する。

「ロケットブースター、オン」

 音声入力ヴォイスコマンドのおかげで、機体に新機能を搭載してもメカニカルなスイッチ類を用意する必要は無いのだ。これは整備士メカニック操縦士パイロット双方にとって大きな利点であろう。整備士メカニックにとってはソフトウェアの設定だけでこと足りる一方、操縦士パイロットは面倒な手順を覚える必要がない。

「ううぅ……」

 シートに背中を押し付けられる圧迫感に耐えながら、ロケットブースターの性能に感動すら覚えるフレミング。ほんの200mほど滑走しただけで充分離陸速度に達してしまう。しかもアフターバーナーを使用していないのだ。軽く右手のスティックを手前に引いて、そのまま離陸。ピッチ角45度で上昇しつつ後下方を見ると、キルヒホッフが離陸手順を始めていた。1分後、体を押し付ける力が少し小さくなるのを感じたフレミングは、再度音声入力ヴォイスコマンドで指示を行う。

「ブースター、分離パージ主武装マスターアームスイッチ、オン」

 体がふわりと浮くのを感じる。


 ヘルメットのスピーカには、先ほどから同期生達の怒声やら悲鳴やらが響き渡っている。

「早く離陸なさいよ」

「まだ管制コントロールから許可クリアランスが出ないのだから仕方ないでしょ」

「あぁ、もう間に合わない」

「何よ、落ちこぼれのくせに、あんなズルあり?」

 ディジタル自動応答多チャンネル制御MCA無線は24ある無線チャンネルの中から、空きチャンネルを自動的に選択して多ノード双方向の無線通信を実現している。つまり交信許可の取得とハンドオーバーを機械が自動的に行ってくれるため、操縦士パイロットは無線チャンネル選択と発話制御に気を回す必要が無い。すなわち全てのパイロットの発言がそのままダイレクトに全てのスピーカから再生されているのだ。

 おやっさんなどはこの状況を、パルティル校長の親心であると理解している。恐らく、3号学生の多くが今日、この場で命を落とすことになるであろう。それを……

「誰かぁ~助けて~」

「神様ぁ~」

「ママ、もう一度会いたかった……」

 その最期の想いや祈りを、せめて聞き届ける義務が指揮官にはあるはずであった。ひよっこ達は、まだ20代になりたての乙女達である。こんなところで、こんな死に方を……今頃校長は唇を固く噛みしめているに違いない。涙を流す、その代わりに……


「フレミングちゃんとキルヒホッフちゃんは、ちゃんと退避できたんだね。よかった~」

 澄み切った清流のような編み込みの水色ライトブルーが、その髪の色と同じように透き通った音色で安堵の声を挙げる。

「うちらより遅かったから、心配したっしょ!」

 華やかなボリュームのある桜色SAKURAの二つ結びが、声音に笑みを含ませる。2人とも、自分ごとのように心配してくれていたのであろう。

「ケプラー、ファーレンハイト、2人とも……」

 声を詰まらせるキルヒホッフに、ファーレンハイトが茶目っ気を交えて声をかける。

「うちら、テストの山だって当たらないのに、ミサイルなんて当たる訳ないっしょ。なぁ、ケプラー?」

「えぇ~、私テストの時はちゃんと勉強してるしぃ~、ファーレンハイトちゃんみたいに山なんて張ってないよぉ~」


 2人とも弾着までに無事離陸できないであろうことは理解しているのだ。にもかかわらずいつも通りの掛け合いを続ける水色ライトブルー桜色SAKURAである。「きっと2人は大丈夫」と気を強くしたキルヒホッフは、小隊メンバールームメイトに命令した。

「無事生き残ったら、みんなでまたパーティーをしましょう。これは小隊長リーダー命令ですわ」

「いやいや、それまじフラグだし……」

「キルヒー、こういう時はそういうこと言っちゃいけないんだよ!」

 桜色SAKURA赤髪マルーン連携コンボ口撃アタックに、第18小隊のメンバーは一斉にどっと笑った。当然その笑声は他のパイロットやパルティル校長にも聞こえているため

落ちこぼれスケジュールド小隊は馬鹿の集まりなの!?」

 等と言った批難がまた回線を埋め尽くす結果となったが、このような危地にあっても尚明るさを忘れない若者達に健全な精神の成長を見た思いのパルティル校長は、1人心の中で第18小隊の面々に謝意を表するのであった。


******************************


「いいか、お嬢、それにヒメさん」

 無線周波数をチャンネル27に切り替えたフレミングのヘルメットに、おやっさんの野太い声が響く。これは第18小隊専用に充てられたチャンネルで、他の同期生には聞こえてない。尤も、第18小隊専用と言っても、ケプラーとファーレンハイトには知らされていないため、事実上、おやっさん、ネル隊長と赤髪マルーン金髪ブロンドだけの秘匿回線である。フレミングが発話スイッチを押下して応答する。

「こちらフレミング、無線周波数をチャンネル27にセット、オーヴァー」

「こちらキルヒホッフ、同じくチャンネル27にセット、オーヴァー」

 2人からの返答に満足したおやっさんが続ける。

「今から2人の戦術コンピュータをこっちで借りるぞ。お嬢達の全周戦術情報表示装置HMDにはこれから、敵ミサイルがシンボル表示されるだろう。それと同時に機体の武装表示が更新されて、それぞれ8発の中距離空対空ミサイルAAM2がセットされることになる」


 何を言われているのか分からない赤髪マルーン金髪ブロンドの2人は、そのまま説明の続きを待つ。

「あぁ、つまりですね、我々の現地改修プランはブースターだけではなくて、中距離空対空ミサイルAAM2地対空ミサイルSAM化も含まれていたのです」

 ネル隊長がおやっさんを引き継ぎ説明を続ける。きっと2人は、格納庫ハンガーにあるコンソールで一緒にこちらの状況を見守っているのだろう。

「幸い、中距離空対空ミサイルAAM2発射ローンチ後の目標再設定が可能です。ですから、地上からミサイルを発射ローンチした後にAMF-75Aの戦術コンピュータを利用して敵ミサイルにロックオンし、敵ミサイルを迎撃しよう、という訳です」

「まぁ、そのためにはお嬢達の機体をオレらがジャックして、地上にあるミサイルを自分の武装だと戦術コンピュータに誤認させよう、って訳だ」

「何か質問はあるか? オーヴァー」


「大体分かったけど、で私達は何をすればいいの?」

 フレミングはキルヒホッフにも共通の疑問をおやっさんに問う。

「その前に、だ。お嬢、交信終了時にはどうすんだ? ったく、そんなんじゃ無事卒業できねぇぞ……」

 反論したいが、相手はまだ交信終了の意を示していない。フレミングは発話スイッチを押さずに「分かったから、さっさと用件を言いなさいよ」と呟く。

「どうせ今頃、『分かったから、さっさと用件を言え』とか何とか言ってんだろ? まぁ、それはおいといて……あ、何だよ、ネル……」

「フレミー嬢、姫様、すいません、どうもチャンドールの要領が悪くて……」

 後ろの方から「オレぁ要領悪くなんかねぇよ」と怒鳴り声が聞こえる。2人は仲がいいんだなぁ、と少しほっこりした気分になったフレミングは、2人の機付長の説明を待つ。


「お2人にはまず戦術データリンクのコードMXT783Aに接続して頂きます」

「次に中距離空対空ミサイルAAM2を選択し、照準を多目標同時照準マルチロックオンモードにして下さい」

「それから、どれでも構いませんからそれぞれ適当な目標を8個選択ロックオンして、中距離空対空ミサイルAAM2発射ローンチします」

「最後に、誘導モードをデータリンクに変更してください。手順は以上です。何かご質問は?オーヴァー」

「ネル隊長、ひとつお聞きしますが、何故最初からデータリングモードで誘導なさいませんの?オーヴァー」

「まっ、仕様だな、ヒメさん」

「ちょっ、また、チャンドール……もう少し丁寧に……姫様、申し訳ありません。つまり、ミサイルは実際には地上にある訳なので、ある程度の高度まで打ち上げてからデータリンクに渡したいのです。その点、多目標同時照準マルチロックオンモードは打ちっぱなしと言いますか、最初は慣性誘導が効きますのでミサイルローカルに予め仕込んだ軌道で打ち上げることが可能なのです。オーヴァー」

 ネル隊長の説明にあまり深く理解と関心を示さない赤髪マルーンがさらりと言ってのける。

「難しいことはよく分からないけど、要はデータリンクに接続してから中距離空対空ミサイルAAM2を選択、マルチロックで発射したら最後に誘導モードをデータリンクに変更すればいいのね? 簡単よ、オーヴァー」

 語尾をわざと強めに発音して交信を終了したフレミングの返答に、ネル隊長は目を丸くし、おやっさんは細くした。

「じゃぁ、そろそろ始めるぞ。以降はこちらの指示に従ってくれ。作戦開始!」


「コネクト、戦術タクティカルデータリンク、コードMXT783A」

 フレミングとキルヒホッフが同時に音声入力ヴォイスコマンドで愛機に指示を与える。同時に地上レーターサイトや空中早期警戒管制機で捉えたレーダー反応を元に、2人の全周戦術情報表示装置HMDには敵ミサイル群がシンボル表示される。全部で24基の敵ミサイルが航空士官学校ベンガヴァルに向けて飛翔中であるようだ。同時に、機体の武装状況を示すディスプレイに中距離対空ミサイルAAM2が8発表示されるのを2人のパイロットは確認した。

武装アームセレクト、中距離空対空ミサイルAAM2

 武装の選択に続いて照準モードを音声入力ヴォイスコマンドで設定する。

「セット、多目標同時照準マルチロックオンモード」

 多目標同時照準マルチロックオンモードでは最大8個の目標を同時にロックオンすることが可能である。AMF-75A専用のヘルメットには全周戦術情報表示装置HMDに連動したAI支援サポート視線追跡アイトラッキングシステムが装備されており、パイロットは敵機シンボルを注視しながらトリガーをハーフクリックするだけでロックオン/オフの操作が可能である。AMF-75A新型では、複数の照準ロック対象を設定するための複雑な操作からパイロットは解放されている。


 フレミングとキルヒホッフがそれぞれ8個の目標をロックしたことをコンソール上で確認した2人の機付長は、次の指示を出す。

「お嬢、ヒメさん、射て!」

発射ローンチ

 2人のパイロットの音声入力ヴォイスコマンドと同時に、格納庫ハンガー前のエプロンに用意されていた即席の8連装地対空ミサイルSAMランチャー-装甲兵員輸送車の上部と左右ボディに合計4基の2連装中距離空対空ミサイルAAM2ランチャーをむりやり取り付け、内部に制御用コンピュータを搭載した-2台から、合計16発のミサイルが射出された。ミサイル射出の反動で後転したランチャーを振り返り見つつ、おやっさんがぼやく。

「やっぱり、アンカーかカウンターウェイトを何とか考えなきゃいけねぇなぁ……」


 16発の中距離空対空ミサイルが地上から打ちあがるのとほぼ同時に、航空士官学校ベンガヴァルの対空ミサイルも敵ミサイル群に向けて発射されていく。尤も、これだけ多くのミサイルを処理することは当初から想定されていないため、航空士官学校ベンガヴァルの防空システムは既に飽和状態サチレーションを起こしていた。


 頭を掻きながら即席ランチャーの方に近づくチャンドール准尉を後目に、ネルクマール准尉がコンソールに呼びかける。

「それでは、誘導モードをデータリンクに変更してください」

 赤髪マルーン金髪ブロンドの2人のパイロットは、同時に音声入力ヴォイスコマンドを行う。

「セット、誘導ガイドモード、トゥ 戦術タクティカルデータリンク」

 ロック対象が次々と更新されていく様子が全周戦術情報表示装置HMD上に投影される。数十秒後、それらのシンボルの大多数は消滅-迎撃成功-した。

「発 航空士官学校ベンガヴァル校長 パルティル」

「1505時、第18小隊キルヒホッフ分隊およびフレミング分隊が敵ミサイル群の迎撃に成功。その多くを空対空ミサイルで撃墜した」

 パルティル校長の力強い戦果報告に、航空士官学校ベンガヴァル中がどっと湧く。「第18小隊万歳」等と叫ぶものもあり、水色ライトブルーの編み込みと桜色SAKURAの二つ結びには、我がことのように誇らしかった。中には

「落ちこぼれ小隊が?」

「あれは機付長の戦果であって、落ちこぼれの戦果ではないわ!」

 等と言う者もあったが、学年首席の一言がそれらの批難を封じた。

「仮に機付長の戦果であっても、その功は分隊指揮官たる分隊長に帰するものですわ!」


 賞賛と批難と悲鳴の混じった喧噪をよそに、第18小隊専用の秘匿回線を使って、ネル隊長が2人の分隊長に告げる。

「作戦終了です、お疲れ様。このまま我々も退避壕に避難します。姫様、フレミー嬢にはこのまま、上空待機を願います。オーヴァー」

 しかし、敵ミサイル群のうち迎撃を免れたいくつかは生存したまま航空士官学校ベンガヴァルに近づいてきていた。弾着まで、あと2分。

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