第2章:2078年8月10日 水曜日
第12話:でも、うちの機付長も負けてないんでしょ!?
2078年8月10日水曜日。その日も朝から暑い日であった。標高800mの高原地帯にあるベンガヴァルは低緯度地域にある都市としては比較的過ごしやすい方ではあるが、それでも真夏の日中最高気温は時として人間の体温を軽く超える。
「こんな日に滑走路ダッシュなんてやらされたら、まじ死ぬわぁ~」
「フレミングちゃん、今日は大人しくしていてね」
「フレミー、よろしくお願いしますね」
などと言い出す始末に、フレミングが周りを見廻しながら確認する。
「えぇ~、でも私の所為ばかりでもないよね~?」
一呼吸の間の後、4人の笑声が響く。今日も平和な1日になるはずだった。
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その時、シャギー
「発
「全
「本日1430時、パラティア教国は我が国に宣戦布告、同時に艦載機多数の発艦および巡航ミサイル多数の射出が観測された。当該ミサイル群の一部は本校にも指向するものと推測されている。本校へのミサイル弾着予想時刻は1500時頃と見込む」
突然の緊急放送に室内が騒めく中、ロックウェル教官が一喝する。
「落ち着きなさい!まだ校長閣下の訓令中です」
「
「3号学生は直ちに搭乗の上、乗機を空中退避。各分隊整備士は分隊長機発進に努めた後、退避壕に避難。1号、2号学生は直ちに退避壕に避難。教官達はこれの迅速なる移動を支援せよ。基地警戒部隊は、対空警戒
「尚、3号学生には無線チャンネル1から24までをディジタル自動応答
「以上、各員の健闘と無事を祈る」
事態が呑み込めず動きの鈍い
「行こう!キルヒー」
同時に立ち上がったのは
「うちらも行くっしょ、ケプラー」
******************************
フレミング達第18小隊の
ケプラーとファーレンハイトの愛機が収まるD-11
「ケプラー、ファーレンハイト、ご無事で」
汗ばんだ額にかかる澄み切った清流のような
「フレミングちゃんも、キルヒホッフちゃんも……」
「うちらが先で悪いねぇ~、2人とも」
「じゃぁね、ファーレンハイト、ケプラー、また後で!」
「おう、お嬢、思ったより早かったじゃねぇか?」
D-12
「うん、そりゃまぁ、滑走路ダッシュは得意だし!」
「はっはっはっ、そりゃ違いねぇ。日頃の鍛錬の賜物ってか?」
「そうそう、伊達に普段から怒られてる訳じゃないのよ」
いつもの軽口を言いながらフレミングは息を整える。その様子を確認した後、おやっさんが常にはない重い口調で切り出した。
「で、聞いたな? 校長閣下の放送」
「うん。パラティアがミサイル攻撃を開始したって……でも、何で?」
「お嬢、理由なんざぁ生き残ってから考えりゃいい。今はまず、生き残ることだけ考えろ」
おやっさんの真剣な物言いに気の引き締まる思いのするフレミングは、ただおやっさんの目だけを見返した。
「それでまず、だ。お嬢は一応分隊長ってことになってるが、それは卒業して少尉任官したら、って前提だ」
「うん」
「で、今は准尉待遇な訳だが、オレも准尉で階級は同じだろ。だから、今は先任であるオレの命令を聞いてもらうぞ……」
全く異のないフレミングは、おやっさんに問いかける。
「分かった。おやっさん、命令して」
第1滑走路からは早くもAMF-75Aが離陸していった。恐らくはイッセキの機体だろう。
「しっかし、さすがに優等生は早ぇなぁ~」
等と呟くおやっさんに、フレミングは内面の焦りを隠さず詰問する。
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないでしょ、おやっさん。私も早く上がらなきゃ」
鼻の辺りをこすりながら、おやっさんは落ち着き払った調子で
「まぁまぁ、お嬢。まずは落ち着けって。これは命令だ」
「命令って言われれば仕方ないけど……」
不承不承の分隊長に、機付長は事情を説明する。
「まずはよく考えてみろ、お嬢。弾着まであと何分残ってる?」
「20分くらい?」
「で、1分に何機が離陸できると思う?」
「ここには滑走路が2本あることを考えても……せいぜい1分に2機くらい?」
「そうだ。で、お嬢の同期は何人いる?」
「72人……ってことは、えぇ~、30人位は離陸しない前に弾着しちゃうじゃん」
「ま、そういうこった」
「じゃぁ、尚更早く上がんなきゃ!」
「だから、まずは落ち着けって。よく考えてみろ。今から行っても、もう遅いだろ?
発進の順番まで予定されている訳ではなかろうが、確かに滑走路に繋がる
「それに、今上がっていった機体を見てみろ。全く、あそこの機付長は何考えてやがんだ」
どこの誰とも分からない整備士に毒づくおやっさんに、フレミングはそのまま疑問を投げかける。
「えっ、どういうこと?」
「今の機体、
「3,4時間くらい?」
「まぁ、早けりゃな……アスファルトが乾く時間まで考慮すれば、普通は7,8時間ってとこだろ。ところで、
「コンフォーマル一杯で巡航……せいぜい3,4時間かな? あっ、じゃぁガス欠になっちゃうじゃん」
「自分のパイロットに片道切符を持たせるなんざぁ、どんな野郎だ、ったく……」
フレミングにもおやっさんの言いたいことがだんだんと分かってきた。
「じゃぁ、イッセキの機付長は結構優秀ってことだね?」
あの短時間できちんとパイロットを空に上げることができたのだから、余程普段からの準備が整えられているのであろう。
「でも、うちの機付長も負けてないんでしょ!?」
「まぁ、秘策はあるがその前に……いいか、お嬢。よく覚えておけ。お嬢の機体には
「それから、仮に各基地飛行場も被害にあって降りられそうになかったら、最後はベンガヴァル北東100kmの地点に移動しろ。
ただ目の前の状況に慌てて上がってみたところで、降りられなければ樹の上でニャーニャー鳴き喚くだけの子猫と変わらない。降りる算段まで既につけてあるおやっさんの対応に、フレミングは内心の焦りが霧消していくのを感じていた。
「あぁ、それから……できるだけ軽くするために全ての武装は外してある。翼端ランチャーは当然のこと、機銃弾すらな。仮に敵機が襲来しても、間違っても戦闘なんかはすんなよ!」
「分かった。でも、そんなに長時間のフライトは初めてなんだけど……その……お手洗い……とかはどうすればいいの?」
「そんなの、その場で垂れ流しに決まってんだろ、お嬢。パイロットってのはなぁ、オレ達
「……うん、でも……」
「まぁ、間違ってもトイレが怖くて給水を我慢するなんてことは、するんじゃぁねぇぞ。体内の水分が不足すりゃぁ、手足も痺れてくるし、正確な判断もできなくなるもんだからな」
しばしの戸惑いの後、フレミングが謝意を口にする。
「ありがとう、おやっさん。お陰で何をしなきゃいけないか、分かってきた……」
「おぅ、あとはお嬢の腕だが、そこんとこはオレぁ何も心配してねぇから、まぁ安心して飛んできな」
「分かった。でも……秘策って?」
おやっさんは機体の方を振り返ってフレミングに説明する。
「まぁ、アレだ」
機体には2連装
「おやっさん、さっき武装は外したって……」
「あれはな、オレとネルが共同で開発したAMF-75A専用ロケットブースターだ。要は、離陸時の加速を強化する
つまりおやっさんとネル隊長は、
「でも、滑走路はもう一杯だよ?どこから上がるの?」
「そこだ、そこよ、お嬢」
おやっさんはそう言って
「えぇっ! もしかして、エプロン??」
「あぁ、だから他の機体が全部出払うのを待ってたんだ」
おやっさんはとんでも無いことを言いだした。誘導路に並設されている
「既に、校長閣下の許可は取ってある」
とおやっさんはことも無げに言い放った。そう言えばおやっさんは、AMF-75Aの運用についてパルティル校長に何やら技術面から意見具申しているとは聞いていた。この
「だから、お嬢は安心して上がりゃぁいい。何ぁに、このブースターを使ったところで、滑走路ダッシュの懲罰は受けねぇだろって」
「いや、だからそうじゃなくって!」
「お嬢。こいつぁ
「ううん、そんなことは無い。私はおやっさんの腕を信じてるし……それに、前に約束したでしょ? 『私は死なない』って」
明るく答えるフレミングに、おやっさんが珍しく言い淀む。
「あぁ、そう、そうだったな……」
「それと……すまねぇな、お嬢。第18小隊全員分のブースターは用意できなかった。オレらができたのは、お嬢の分とヒメさんの分だけだ……もっと時間がありゃぁ……」
恐らく、日頃から情報交換を重ね互いの担当機のセッティングを知り尽くしているおやっさんとネル隊長だからこそ、この短時間でブースターをセットできたのであろう。問題の本質はブースターの用意ではなく機体セッティングにあるのだ。初見のケプラー機とファーレンハイト機で運用可能にするための時間が、今は圧倒的に足りなかった。それに先方の機付長とて、この緊急時に得体のしれない現地改修の
「ケプラーもファーレンハイトも大丈夫だよ。
「おぅ、ネル。そっちの様子はどうだ?」
ネル隊長が両手で大きな丸印を作るのを確認したおやっさんは再びフレミングに向き直り、最後の命令を与える。
「じゃぁ、お嬢。そろそろ搭乗だ。ブースターの点火時間は約1分。ブースターが停止したらすぐに
「ブースター点火時間は1分、停止後は速やかにパージ。
命令を反復確認する
「最後に、機体が安定したら
「機体安定の後、
繰り返しながら「武装は全て外したなずのなに、なぜ
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