第14話:こういう時は、一緒の方が安心っつぅかぁ……
1507時。
一番不幸な運命に翻弄されたのは、あるいはロシュであったかもしれない。その時ロシュの機体は、第1滑走路を疾走っていた。恐らくロシュは「助かった」と心の内で神に感謝を捧げていたことであろう。離陸速度に達し今まさにピッチアップをしかけたその直後、背後にミサイルが着弾したのである。背後からの強烈な爆風にロシュ機は失速し、そのまま滑走路に叩きつけられて爆発炎上。パイロットは即死であったろう。あと数秒離陸が早ければ、あるいはピッチアップをしていなければ、違う未来が彼女を待ち受けていたかもしれない。しかし遺体は学年1の美人と評されるロシュの、その面影すら留めていなかった。
「いゃぁ~、助けてぇ~」
「誰かぁ~」
次々にミサイルが着弾する中、ディジタル自動応答
無論、無線回線を埋め尽くすのは悲鳴だけではない。あちらこちらで、クラスメートの危機を発報する声が響く。
「ガルヴァーニの機体が……!」
「誰か、早くフックさんを……」
「衛生兵はまだ?」
「その前に、消防チームは? 機体の消火を急いでください」
敵ミサイルの着弾による振動を感じたケプラーは、素早く機体の
「うぅぅ……」
「ファーレンハイトちゃん、大丈夫? ケガはない?」
「うちなら大丈夫っしょ!」
どことなく他人ごとで軽やかな返答を期待していたケプラーは、しかし常の
「うち、ヘマ……したっしょ……」
「誰かぁ~、ファーレンハイトちゃんが! ファーレンハイトちゃんが!」
正気を失いただ叫ぶだけのケプラーを、ファーレンハイトが制する。
「ヘルメット……脱がせてもらって……やっと、静かになったっしょ……うち、騒がしいの……」
やっとディジタル自動応答
「うん、うん」
「うちが……」
「うん?」
「うちが巨乳なら……こんくらいの破片なんか、跳ね返して……」
そんなことはないだろうなと思いながら、ケプラーは思い出す。本当は、ファーレンハイトの方が先に発進準備を完了していたのだ。
「ケプラー、様子はどうよ? うちはもうOKっしょ」
「ファーレンハイトちゃん、準備できたんなら先行ってて。私もすぐ追いかけるから」
「いやいやいやいや、追っかけんのはうちの仕事っしょ。
「えぇ~、でも今は緊急時だし……」
「いやいや、緊急時だからこそ落ち着けっつぅ。まぁ、その……こういう時は、一緒の方が安心っつぅかぁ……」
少し照れくさそうに言うファーレンハイトは、彼女なりにケプラーのことを心配してくれているのだろう。
「分かった。ありがとう、ファーレンハイトちゃん。それじゃぁ、あとちょっとだけ待ってて」
「分かったし」
「ごめんね、ファーレンハイトちゃん……私がもっと早く……」
「謝ることなんて……何も……。こういう時、一緒に……いてくれ……あり」
何も言うことができず、ケプラーはただファーレンハイトの顔をぎゅっと抱きしめる。
「まじ……もぅ」
「うん?」
「まじ……巨乳しか……勝たん……わぁ」
「うん」
その時、緊急校内放送のスピーカからパルティル校長の声が響く。
「発
校長閣下からの発令は地上スピーカからも流れていたため、ヘルメットの無いケプラーとファーレンハイトの耳にも入ってはいた。しかしケプラーは、例えそれが校長閣下の厳命であったとしても、今はこの場から去ることができなかった。
******************************
「私達がもっと上手くやっていれば……」
シャトーワインのような深みのある
「いいぇ、フレミー。ワタクシ達はワタクシ達にできることをやりましたわ。そうでなければ、もっと多くの
「でも、沢山の機体が……ロシュなんて……」
「えぇ、本当に不幸なことですわ……ロシュも、他の多くのパイロットも……」
上空からでも多くの機体が爆発炎上する様子が肉眼で見える。そして、
「ですが、今のワタクシ達がなすべきことはただひとつ。上空待機ですわ」
「うん、分かってるよ、キルヒー。でも、ケプラーとファーレンハイトは大丈夫かなぁ?」
「お2人なら大丈夫ですわ。それに、4人でまたパーティーをやりましょう、って約束したのですから……」
「だからキルヒー、それは言っちゃぁいけないお約束だよ!」
「そうなんですの? でも、お2人の友軍機マークは健在のようですから、きっとご無事でしょう」
「そうだね、キルヒー……本当は2人もこのチャンネルを使えればよかったのにね……」
「そうですわね。フレミー。ですが今のワタクシには、フレミーが一緒にいてくれるだけで、どれだけ心強いことか」
******************************
「ところでさぁ、キルヒー」
「何ですの?」
「この後、一体どうなるんだろうね?」
上空退避から2時間、既に炎上した機体の消火作業は全て完了していた。地上にある機体も全て
「まだ着陸許可なんか出ないよねぇ?」
どうやら地上では、第2滑走路の復旧を優先したようである。恐らくはこちらの方がより早く復旧すると算段しているのであろう。それでもまだ数時間はかかると見込まれる。
「そうですわね。事前のネル隊長の目算ですと、滑走路復旧に7,8時間はかかる、と」
「おやっさんも同じこと言ってた!」
「フレミーは燃料、大丈夫ですわよね?」
極限まで軽くするよう、機銃弾まで降ろしたとおやっさんは言っていた。離陸時にアフターバーナーを使わなかったことも、燃料消費の節約に一役かっていることであろう。
「うん、もちろん。でもこの
AMF-75Aが搭載するDW-175Vエンジンには、
「そうですわね、我が
2人の秘匿通話を盗み聞き(?)しているネルクマール准尉が、「うちの姫様は分かってくれている」と感涙にむせびそうになりつつ隣の同僚を見やると、そこには「うちのお嬢はどうせ何も分かってやしねぇ」と言いたげなふくれっ面が見えた。まぁ、このままもう少し黙っていよう。2人のひよっこには、今は気が済むまでお喋りをさせてやればいい。
「でも、まだあと何時間も飛んでなきゃいけないのって、結構大変だね。それにこの
「分かってるとは思いますが、フレミー。そんなことやったら、すぐに燃料が無くなりますわ」
おやっさんはすんでのところで「馬鹿やろぉ~」と叫ぶのを留まった。隣のネル隊長を見ると、何やら含み笑いをしている。「うちの姫様の勝ち!」などとでも思っているのであろうか。
「そうだよねぇ~、さすがに今は無理かぁ~」
「えぇ、自重してくださいね、フレミー。それにしても、そんなに長時間のフライトで、お手洗い等はどうすればよろしいのかしら?」
「おやっさんは『その場でしろっ!』って言ってたよ」
フレミングがことも無げに言うのを聞いたキルヒホッフは、顔面を真っ赤にしながら俯く。
「その場……ですか? それは、その……」
「それができれば一人前のパイロットなんだって!」
勝ち誇ったような
******************************
「
上空退避から3時間半が経過していた。
「こちら
「
「
確かに第2滑走路は復旧作業のため多数の重機が往来しており、着陸の余地はなさそうである。一方の第1滑走路は、
「ラマンより
ラマンは宣言するや否や26滑走路への進入コース-第1滑走路への東からのアプローチ-に乗る。パルティル校長が「ラマン、止めなさい」と中将閣下の言葉遣いとは思えぬ表現で制止するが、ラマンは無視して着陸を強行する。
「
最終アプローチに入ったラマンは、計器を見ながら慎重に着陸態勢に入る。
「早いっ!」
ラマンの着陸を見守るパルティル校長が思わず叫ぶ。滑走路の中央部から先に着陸しなければならないラマンはいつも通りの-計器指示に従った-進入角度で着陸してはいけないのである。着陸用の計器諸元は機付長が設定しており、候補学生の乗機のそれは通常、安全が最優先された設定になっている。すなわち、緩い制動で安全に停止できるよう、長い着陸距離を使って滑走路中央付近に
気づいたラマンは一瞬早くスティックを手前に軽く引き、姿勢を若干乱したとは言え、滑走路西辺に無事降着することができた。ホっと胸をなでおろす
「何てことっ!」
唇を噛みしめたパルティル校長は、それでも部下を叱責することよりも救助と復旧を優先させるべく、手早く指示を行う。
「消火チームは速やかに現着の上作業に入れ。衛生チームは2人の救助を!」
命令を徹底しなかったばかりに発生した事故であり、その責任は司令官たる自分にあることをパルティル校長は強く認識していた。一瞬の動揺から立ち直ったパルティル校長は、改めて上空退避中の3号学生に令する。
「発
「抗命罪で軍法会議だって……怖いねぇキルヒー」
「ネル隊長とチャンドール准尉のお陰で、ワタクシ達にはその心配はありませんわね」
のんびりと構える
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます