第8話:戦争って誰のために……?

「ねぇ、おやっさん。操縦士指向分隊編成ヒメシステムって何なんだろう?」

 いつになく殊勝な面持ちで赤髪マルーンがシャギーを揺らす。

「この前の『何でコイツがお嬢を乗せてるか?』って話の続きか?

 おやっさんが髪を掻きながら返答する。「この様子だと、未だ何か答えを得たって訳でもねぇだろ」と想像しながら分隊長が口を開くのを待つ。

「そう……だってAMF-75Aこの子って、考えれば考えるほど矛盾だらけでしょ?」


「お嬢はAMF-75Aコイツ輸送機キャリアだとは、認めたくねぇんだろ?」

 バーラタ共和国航空宇宙軍の操縦士指向分隊編成ヒメシステムという独特な編成システムは全て「戦闘機ファイターはミサイル輸送機キャリア」である、との考えが基本になっている。そもそも操縦士指向分隊編成ヒメシステムは2035年にバーラタがAMF-35Aを制式採用した時から始まった。それまでのバーラタは他国の開発した、当時第5世代戦闘機と呼ばれた機種を主力戦闘機として制式採用していたのである。第5世代戦闘機はいわゆるステルス戦闘機で、その外見はレーダ波の反射を低減するよう平行四辺形を基軸としたデザインになっており、武装は全てウェポンベイに格納されるような設計であった。当時、一世代前の第4世代戦闘機は模擬戦で100戦して一度も第5世代戦闘機に勝つことができなかったという。何しろ模擬戦のパイロット自身「視認できているのにレーダーに映らない」などと言っていたほどであったのだ。


 ヒメシステム第1世代と呼ばれるAMF-35Aは、バーラタの基本戦略策定において画期となるものであった。海上から侵攻する敵戦闘機の迎撃が主任務であれば、戦闘機の機動性やステルス性よりも搭載するミサイルの質・量と戦術コンピュータの能力の方が重要なのではないか、というのがそれである。侵攻する敵機は、必ずしも自軍戦闘機のレーダーに映る必要はない。地上レーターサイトや空中早期警戒管制機が敵機を捉えれば-もし捉えられず領空にまで侵入されたら、その時点で戦略的敗北であろう-、戦闘機は戦術データリンクに基づき管制の指示に従ってミサイルを発射ローンチすればよいのである。この際重要なのは、レーダー網の目とミサイルの射程であろう。「先に発見しファーストルック先に攻撃するファーストキル」の原則は、ステルス時代にあってもレシプロ時代と変わらないのだ。この戦略においては、ウェポンベイに武装を収納するステルス機は目的に適わない。何しろ、狭いベイに搭載するミサイルはその射程が短く、数も少なくなるのが道理だから。


「だからね、操縦士指向分隊編成ヒメシステムが機動性やステルス性を捨てたのは分かるの」

 おやっさんには、フレミングの次の疑問も手に取るように分かっている。

「でもさ、本当にパイロットには技量が求められていないのかなぁ?」

 だからおやっさんは、敢えてAMF-60A旧型を引き合いに出す。

「確かに、AMF-60Aなんざぁ、そんなコンセプトだわなぁ」


 おやっさんの言うAMF-60Aは操縦士指向分隊編成ヒメシステム第2世代戦闘機である。AMF-35Aの後継機種の選定が開始された時、AMF-60Aには違うコンセプトが求められた。小型・軽量・多量投入がそれである。双発大型で空対空ミサイルを最大12発搭載可能ではあるがコストが高く配備数が少ないというAMF-35Aの欠点を補うため、単発小型ローコストの機体を数多く投入することが求められた。配備数が多ければ波状攻撃も行えるし、戦術上の柔軟性も高くなるのである。そのためには多量のパイロットを錬成する必要があるが、作戦行動の多くをコンピュータによる自律制御に任せてしまえばパイロットの能力も多くは問われないであろう。


「何かさぁ、操縦士指向分隊編成ヒメシステムのパイロットって、操縦以外の要素が求められている気がするの」

 フレミングの言う通り、パイロットには操縦能力以外のものも求められる。例えば、バーラタ航空宇宙軍のパイロットが全て女性であることはその象徴であろう。

「まぁ、候補学生カデットにはべっぴんさんが多い、ってのは事実だわなぁ……」

 一部では「公にはされていないが、航空士官学校ベンガヴァルの合格基準には容姿も含まれる」との噂もある。尤も軍当局はこれを積極的に否定していないばかりか、一部では積極的に宣伝にも使っている。

「その何だ、美人パイロットが格好いい戦闘機を駆って大空を飛んでたら、そりゃ、少なくともムサいオレらが飛ぶより絵になるのは仕方ねぇだろ」

 実際、航空宇宙軍広報部は各種メディアの要請に応じる形で「美人パイロット特集」なる記事や番組に協力したり、あるいは基地航空祭などでは、曲芸飛行アクロバットチームによる展示飛行の他にも、アイドルパイロットグループによるステージショー等も行われているのである。操縦士指向分隊編成ヒメシステムは人寄せパンダなのか? との疑問はフレミングでなくとも、多くのパイロットが共有する疑問であった。


「それにお嬢だって、AMF-75Aコイツをパーソナルカラーに塗ってんじゃねぇか」

 フレミングは、そのシャトーワインのような深みのある赤をモチーフにしたマルーンをパーソナルカラーとして愛機を塗装している。親友のゆるふわ金髪ブロンドをイメージしたアンティークブロンドで縁取りしているのもお気に入りポイントだし、おやっさんがAMF-75Aこの子をキャンディー塗装にしてくれたのも可愛くて嬉しい。このような勝手な塗装ではあるが、しかしバーラタではむしろ愛機をパーソナルカラーで塗装することが推奨されているのだ。格闘戦を前提としないバーラタでは、わざわざ機体をロービジ塗装する必要が無いのである。それよりも、美人パイロットがアイドルよろしく担当イメージカラーのコスチュームを着てパーソナルカラーの愛機の脇に立っている方が絵になるのは間違いない。


「でもさ、それなら何でAMF-75Aこの子はこんな姿なのよ!」

「そりゃ、AMF-60Aが人気が無かったからだろ」

 おやっさんの返答は素っ気ない。確かに、小型単発のAMF-60Aは玄人筋には受けがよくても、やはり地味との印象はぬぐえない。その点、カナード付き前進翼なぞマニアでなくとも興味がそそられるのは当然で、事実、AMF-75A新型のお披露目会などでにあっては各種メディアの反応や市民らの評判も上々の様子であった。

「それに、AMF-60Aには近代化改修の余地がほとんどねぇからなぁ……」

 本来であればヒメシステム第3世代戦闘機の開発と制式採用は、あと10年は先を見込んでいた。しかし、ミサイルの大型化や高性能化が進むにつれて、小型のAMF-60Aでは対応が困難になっていたのが実際のところである。大型化する戦術コンピュータを収容するスペースにもこと欠く始末で、AMF-75Aの開発に当たっては、将来行われるであろう改修への可用性アヴェラビリティも重要視されていたのである。


「でも、だからって……」

 ドラヴィタ重工DHI製の双発大型機であるAMF-75Aは、どう見ても高コストであることは疑いない。それにカナード付前進翼となれば、ステルス性度外視のハイ機動性マヌーヴァラビリティであることは一目瞭然であろう。当然パイロットの技量が問われる仕様スペックなのだ。

「だからこそ機動制限装置マヌーヴァリミッタが付いてんじゃねぇか」

「いやそうだけど、そうじゃなくて……」

 無論、おやっさんにはフレミングの言いたいことが良く分かる。AMF-75Aは格闘戦ドッグファイト向きの機体なのだ。本来であれば誰でも扱えるような騙馬キャストレイティッドなどではない。コイツはじゃじゃ馬ウェイウォードだ。しかしおやっさんは、分かっていて敢えて嫌味な質問をする。


「お嬢はAMF-75Aコイツが嫌いか?」

「そんなこと、ある訳ないじゃん。AMF-75Aこの子は私の子なんだから!」

 オレの子でもあるぞ、という表現に何かひっかかりを覚えたおやっさんは、敢えて話題を変える。

「で結局、何でコイツはお嬢を乗せてんだ?」

 戦争は人がするもんだから、というのはこの前おやっさんがくれたヒントである。それは「私がAMF-75Aこの子を飛ばしてる」では答にはならないのだろう……

「だから、それがさぁ~」

「まぁ、そうだわな……」

 見透かされた思いのするフレミングが、ぼつりと自問する。

「もし戦闘機ファイターがみんな無人機ドローンだったら……」

「だったら?」

 おやっさんの相槌に、赤髪マルーンが少しだけ揺らめいた。

「だったら……戦争って誰のために……?」

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