第7話:空を翔ぶのに必要なのは頭じゃない、両手と両足よ
ロックウェル教官の受け持つ航空力学の講義中、ぼんやりと窓外を眺めていたフレミングは天空に浮かぶ2筋の雲を見つけ、それを視線で追う。他クラスの候補学生が操縦するAMF-75Aの前進翼が発生させる
「速度350ノット、左バンク角60度で水平旋回する際にかかる荷重はいくらか」
ロックウェル教官の発する質問を聞くともなく聞いたフレミングの両手両足は、今度はその声に反応して動く。体も少し右に傾いたようであった。その奇怪な動きを目ざとくみつけた教官は、今度はフレミングを名指しして繰り返す。
「フレミング候補学生、かかる荷重はいくらか?」
「これくらいであります。教官殿」
悪びれずに両手のポジションを以って答に替えたフレミングにあきれたロックウェル教官はこう宣告した。
「
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恒例の滑走路ダッシュを終えて敷地内にある
「第18小隊のみなさんはまた特別訓練ですか?小官達も少しは見習わなければいけませんわね」
他の者が言えば嫌味であったろう台詞もlイッセキの場合にはそのように取られないのは彼女の日頃の行いの賜物であろう。何しろ、座学にしろ演習にしろ実技にせよ、人一倍ストイックに取り組むイッセキの姿を目にしない者は
「夕食前のわずかな休憩時間に少しでも基礎体力づくりを」
と今にも飛び出していきそうなイッセキに、キルヒホッフが問いかける。
「それでイッセキ、ワタクシ達に何かご用がおありだったのでは?」
「えぇ、そうでしたわ。フレミングさん、貴女またおやりになったそうですわね?」
「何でも、
因みに
「ってか、まじ何あの出題? ぶっちゃけ、うちでも答えられるような超簡単な問題、マジメに答えろって方が無理じゃね?」
「ファーレンハイトちゃん、それ何のフォローにもなってないよぉ~」
澄み切った清流のような透明感のある
「そうですわ、フレミングさん。例えどんな出題であっても、教官殿の問いには真面目に答える義務がありますわ。それとも……」
イッセキの再度の問いに、フレミングは考えながら答える。
「えっと~、両手がこんな感じだったから、2Gくらい?」
「えっ!?」
フレミングのことは良く知っているはずのキルヒホッフですら、
「えっと、そうだよね?キルヒー?」
「えっ、えぇ、その通りよ、フレミー。って貴女もしかして、先ほどは本当に……?」
予想外のやりとりを聞いていたイッセキが、フレミングを窘める。
「フレミングさん、貴女……少しは航空力学の理論も身に付けなければ」
イッセキの正論に、今度はフレミングが目をまるくする。
「でもねイッセキ、飛行機は理論で空を飛ぶわけではないでしょ?」
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筆記試験は代数学、幾何学、物理学、化学、機械工学、情報理論、論理学、航空力学、戦史・戦術理論、戦闘機動理論の全十科目からなっており、各科目の合格点は100点満点中の50点である。この筆記試験の成績、フレミングの合計得点は500点であった。この得点はあと1点でも足りなければ退学であったことを意味しており、一部の者がフレミングを「
「どうせ退学に決まってるのに、今日は何しに来たの?」
などと言い、フレミングの名前が39番目に告げられると
「よく退学にならなかったものだ」
等と無責任にも言ったものである。
しかもフレミングの得点は全ての科目がみな50点という、偶然とはとても考えにくい=何かの意思が働いたとしか考えられない=得点であった。フレミングの点数が疑惑まみれと言われるのも理由の無いことではないのである。この理由について
「実技の結果を惜しんだ教官がお目こぼしをした」
というものであった。これは、フレミングの実技試験の成績が「歴代
またあるいは
「フレミングの回答は正答率だけ見れば平均で80%を超えるのであるが、途中の理論や証明過程を全て省いて結果だけを記入したため、大幅な減点調整が成されたのだ」
という言説も存在し、普段のフレミングの言動に鑑みるに、この説も
「私には答が見えてるの」
等と無邪気に宣うものだから、周りの者達はひそひそと
「きっと、
等と噂し合うことになるのであった。
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「そうですけれども、理論を正しく理解しなければ、正しい操縦はできないですわよ」
フレミングの問いかけに対する、イッセキの優等生らしい返答である。無論、そのようなことは航空力学の講義中に散々聞かされているフレミングである。そしてその、頭では理解できる正論に、しかし実感としては納得のいかないフレミングであった。
「それじゃイッセキは、いつも頭で考えながら空を飛んでいるの?」
考えながら操作するのでは反応が遅くなるではないか、そんな単純な疑問を投げる
「当たり前ですわ。計器を見て高度・速度・姿勢を確認し、目標に向けて最適な
いや無論フレミングだって、計器は必ずチェックしている。しかし、フレミングが言いたいのはそういうことではない。
「そんなの、つまんないし気持ちよくない。大体、空を飛びながら計算なんかしてたら、
計算してから操作するのではない。想定する
「そう、だから繰り返し勉強して、計算せずとも正答を得るように頭に叩き込んでおくのではありませんか」
操縦は体で覚えるものだと思っていたフレミングであるが、イッセキは頭で覚えろという。???
「えっ、そんなの全部覚えてるの? ベクトルがどうどか、サイン・コサイン・タンジェントとか……?」
正直そんなの無理、と言いそうなところをギリギリのところでぐっと堪えた。一方のイッセキはイッセキで、そんなことも覚えていないのに何故あんなに飛べるのだろうか、と疑問に感じている。
「逆にお聞きしますけど、それではフレミングさんはどうやって空を飛んでいると仰るの?」
この時のフレミングの返答は、フレミングの天才を理解しているイッセキであるからこそ彼女には羨ましいものであった。ベテランパイロットであればあるいはそうなのかもしれないが、
「そんなの決まってるじゃない、イッセキ。空を翔ぶのに必要なのは頭じゃない、両手と両足よ。こうやってこうすれば...ね?」
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