掃晴娘《さおちんにゃん》
星一悟
掃晴娘《さおちんにゃん》の話の続き
中国の村が連日続く雨により水害に陥っていた。村に住む少女、掃晴娘は、雨の神である龍神に雨を止めてくれるよう祈った。すると、天上から龍神の妃になるならば雨を止めるという声が響き渡った。掃晴娘はこれを承諾し、雨は無事に止んで空は晴れ渡った。掃晴娘は天に昇ったためどこにも姿が見えなくなった。
石から産まれた天も驚く出自の俺は、闘戦勝仏として俗世で面白おかしく無限に生きながら、今日も香港で人間どものつくったスマートフォンをポチポチと眺めて、不要不急の外出を楽しんでいた。
「へっ。」
とあるソーシャルゲームの攻略掲示板で、たまたま晴娘とその逸話を見た俺は、あの頃の自分の若さに思わず苦笑いをもらした。
俺はCOVID19どころかエボラだろうが何だろうが、石猿だからかかりもしないのだが、2020年の今は悪目立ちを避けるためマスクをつけていた。
苦笑いは、誰にも気づかれずにマスクの中に消えた。
この話にはこんな『ついで』がある。
あれは、俺がまだ斉天大聖 孫悟空を名乗って大暴れする前の話になるか。
雨を呼ぶ竜神。東海竜王のお宝を武器として頂戴せしめんと、拳ひとつで奪いに行った。如意棒を貰って、こりゃ良いや、と残りの竜王のお宝もついでに奪ってやって、花果山にて功績を讃え身内で酒の席をもうけていたのだ。
そこに、東海竜王の妻という女が、四海の宝具をあるだけもっていったのだから、せめて東海竜王こと夫の如意棒だけでも返して下さい、と嘆願にやって来た。
その時、義兄弟だった牛魔王や他の魔王達は酔ってイビキをかいて寝ていたから、俺自らが、東海竜王の妻という
晴娘は、珍しく人間だった。
「俺様が何故如意棒を返さないといけないんだ?」と問いかけると、竜王に似つかわしくない美人の新妻といった晴娘が、「如意棒を奪われて、夫が私を殴るのです。」と涙を流して訴えてきた。
「何、竜王が地位を忘れて妻を殴ってんのか?」
「はい。」晴娘は身の上話をした後、こう続けた。
「着物で見えない所ばかり、私の身体は痣だらけ。このままいけば、癇癪を起こして大雨を降らせ、また故郷の村に水害が起きやしないかと、黙って耐えているのです」
独身貴族の俺でも、事情の酷さはよく染みた。岩に染み入る女の声だ。
「そんなことはしなくていい。」
俺はきっぱりそう言った。
「大体、神様って奴は、上に立って格好をつける奴に限って録な奴はおらんのだ。仏の顔をしておきながら、裏では何をしてるか分からん。裏表がないのが俺様の良い所だ。」
「でも、どうしたらいいのか。」晴娘は泣いた。
「俺様を頼ればそれで良い。妻が夫の顔をたてるなら、夫が妻をたてるのは当然至極。面子を分かち合って出来た宝が子宝よ。あんたは人里に帰れ。」
俺の舌はよく動いた。一暴れであんなペコペコしてきた奴が、逆上して暴れようと怖くもない。
「人里って。もう故郷の村には帰れません。」
「なら、別の村で生きていくしかないだろう。んで、大雨で困ったら俺に言え。」
皆グースカ寝てる酒宴の席で、酔いが覚めた俺は雲に乗り、晴娘をどこか知らない人里に送ってやった。
人間は嫌いだが、人身御供はもっと嫌いだ。後で知ってせいせいした。
今でもDVやってる奴は嫌いだ。人の身を何だと思ってる?
てなわけで、東海竜王から、如意棒ついでに女房まで奪っていった事は、どこの西遊記にも書かれてはいないし、知られてはいない。
掃晴娘とてるてる坊主の説についてなんだが、我らが憎き師匠だった三蔵の世話してた頃、雨乞いと称して、首を切られて吊るされた坊さんの遺体の首をつなげて弔ったことがある。
その坊さんは晒し者になっちまったんで万に一つも死神からこっそり逃がしてやれなかったが、その頃に出来たという、てるてる坊主の話と晴娘の話がごっちゃになった。
それで、今も晴娘とてるてる坊主は残っている。
掃晴娘《さおちんにゃん》 星一悟 @sinkin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます