終章 再生の朝

今をふたりで

 斥候によって、国王サレス二世の死はその日のうちにアーノルドにもたらされた。


 アーノルドは迷わず、王が死亡した混乱を突き、急遽叛乱軍を王都に攻め込ませる事を決めた。元々、王都近くまで展開していた軍の侵攻は素早く、サレス二世が死んだ翌々日には、アーノルドは王都を占拠した。


 城の片隅に身を潜めていたザルツとカーサ、それにセダイは、アーノルドの部下により改めて保護され、3人は一命を取り留めた。


 ザルツはアーノルドの配慮により、城内のカーサの館で療養に専念することとなった。もちろん、セダイによる治療、そしてカーサの看護のもとである。ふたりの懸命の看病により、ザルツは日に日に回復した。顔に笑みこそ浮かべず、また、その目に黒い光を湛える日も相変わらずあったが、その顔つきは日を追うごとに、元の生気と精悍さを取り戻していった。


 アーノルドは食糧不足に代表される、治世の立て直しにまず懸命に取り組み、自分を王として擁立することには及び腰であった。

 しかし、夏、秋と季節を経て、その成果が実り始めると、民に求められる形で、自ら、新たなカメルアの王として即位することに腹をくくった。


 こうしてその年の初冬、カメルアは新王アーノルドの戴冠式の日を迎える。


 その日の朝、久々の礼服に袖を通したザルツは、カーサに支えられながら、館を出た。ザルツは宮廷武官に復帰を認められ、また、カーサはその妻として、式に参列することを新王に乞われ、ふたりは式典にて、初めて公の場に夫婦として姿を見せることになったのだった。

 

 王宮へ向かう道すがら、不意にザルツが歩を止め、灰色の空を見つめる。カーサもつられて、立ち止まる。見れば、空からは白い粉が舞いおちてくる。


 その冬、初めての雪が、降っていた。


 ザルツは足を止めたまま、初雪の冷たい感触にしばし浸っていた。

 そしてこうぽつりと、呟いた。


「……俺はもう、雪の季節を、怖がらなくていいんだな」


 そして、自分を支えて隣に立つカーサに目を向け、確かな声でこう語を継ぐ。


「なぜなら俺には、カーサ、今、お前がいるからだ」


「……ザルツ……」


 思いがけぬ言葉に、カーサは胸が、次いで目頭が熱くなるのを感じた。そんなカーサの顔に、ザルツはゆっくりと覆い被さり、不器用ながら、深い口づけを与える。


「……あっ、ザ、ルツ……」


 カーサは口をまさぐるザルツの熱い舌の動きに戸惑った。だが体の芯は感じたことのない幸福感に蕩けんばかりである。ふたりは長いこと、そのままで居た。初雪が激しくなり、ふたりの体を冷やすまで。


 やがて、ザルツは何度目かの口づけのあと、小さな、だが力強い声で、カーサの目を見て、こう告げた。


「生きていこう、今を、ふたりで」


「ええ……、ずっと、ふたりで」


 白い粉の靄の中、カーサも確かな声でそう答える。

 そしてふたりは寄り添いながら、初雪を踏みしめて、式典に賑わう王宮に向かって歩いていった。


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る