第三章 雪の日の悔恨

第十一話 俺が殺した少女

 その年の冬は、早く、また、例年にない厳寒の季節だった。


 カメルアは高原に位置する国である。夏の過ごしやすさはいうまでも無いが、冬の厳しさはなかなかのものだ。連日のように雪が降り、空も、大地も、自然も、町並みも、灰色にどこまでも近い白に沈む。


 吐く息は一瞬につき凍り付き、手足の動きも冷えおぼつかなくなる、そんなある夜、ザルツはカーサが寝静まったのを確かめてから、そっと館の外へ出た。


 カンテラを点すと、空から白い粉が闇夜の中をひそやかに舞っているのが分かる。ザルツは厚手のマントを羽織り、白い地表を踏みしめながら、王宮のとある場所へと静かに歩みを進めていった。


 ほどなくたどり着いたのは、王宮の北の隅にある荒れ地である。王宮の中でここだけ、手入れもされず、ただ盛り上がる無数の塚が枯れ木と共に雪に埋もれている。

 そこは、王宮内にて死罪となった罪人が埋められている墓地であった。


 荒涼としたその地に、ザルツはカンテラを下ろすと、マントが雪に濡れるのもかまわず、跪き静かに手を組んで、祈りを捧げた。

 しんしんとその身の上に雪が降り積もったが、それもザルツはかまう様子もなく、ただ目を瞑って、その日のことを思い出していた。


 その静寂を破ったのは、何者かの気配である。ザルツははっと目を見開き、腰の短剣に手を添えつつ鋭く振り向いた。カンテラの明かりがひとつ、近づいてくる。

 果たしてその明かりの持ち主は、セダイであった。


「やはり、ここにいたか」


 セダイは、再び雪の中に跪いた友の背に声をかけた。

 ザルツはじっとその身をかがめたまま動こうとしない。


「カーサはどうしている」


「今宵はもう休んだ。でなければ今、ここにはおらぬ」


 姿勢を変えぬままザルツは小さな声で呟いた。その声は、いつものザルツを知る人なら驚くであろう、降りしきる雪の中に消えんばかりの弱々しいものであった。

 セダイは黙ってザルツの肩に積もりつつある雪をその手で払う。ザルツの体のすっかり冷え切った様が、マント越しにセダイの手に伝わってくる。


「いつまでもそうしていると、ここで凍死するぞ……。さぁ、生きている者には、生きる義務がある」


 セダイはそう言いながら、ザルツを引き起こした。

 ザルツは無言のまま頷いたが、体勢を正しつつも、見開いた目は雪に覆われた塚に注がれている。そしてぽつりと呟いた。


「ああ……」


 ザルツの目の光は虚ろであった。

 その心の中では、自分が殺し、今はここに眠る少女の姿が躍っていた。ザルツはその姿に声を出さず静かに問うた。


 ……アーリー、俺はまだ生きているよ。

 こんな俺を、お前は許してくれるだろうか……。


 雪に覆われた地表から、無論答えはない。

 ザルツの脳裏には、6年前の雪の日の記憶が鮮明に浮かび上がっていた。

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