第七話 庭園での襲撃

 事件が起こったのは、それから1週間後のことだった。

 

 その日、カーサは調子が良いこともあって、王宮の庭園の散策を許された。もちろんザルツが供についてであり、歩くことを許された範囲もごく限られていたが、ひさびさに緑の中を歩くことは、カーサには何よりの気分転換であった。


 爽やかな夏の風がカーサの黒髪を揺らす。頬には明るい陽光が注がれ、目にする何もかもが眩しい。カーサは、カメルアに来てから、はじめて、自分が自分であるような気がして、思わず木々の葉に触れた。ここが故郷のあの心地良い森なら、どんなにいいか、と思いながら。


 ザルツはいつもの如く険しい面持ちであったが、それでも、そんなカーサの様子を見るのは、初めてのことであったから、これはセダイに報告して、このような機会をもう少し増やせるように進言してもらおう、など考えつつ、カーサのあとを歩いていた。


「あら、カツミレの花だわ。ここでは、夏のさなかでも花開くのね。マグナラリレでは、夏は暑さに花を閉じてしまうのだけれど」


「ほう、そうなのか」


「まあ、レモンの実も青々として瑞々しいわ。暑さに枯れないのね。綺麗」


 ……ザルツは花や木にはとんと詳しくない。そのため、どこかうわの空の返事を繰り返してはいたが、周囲に目を配るのは忘れてはいなかった。

 不意に、ザルツのその眼に鋭い光が走った。緑が不自然にざわめいた気配を感じ取り、ザルツは咄嗟に叫んだ。


「カーサ! 伏せろ!」


 そう叫ぶやいなや、ザルツはカーサの手を引いて地面にかがませた。

 シュッ、と微かな音がしてふたりの頭上を矢が飛んでいくのをザルツは認識した。そして、次の瞬間、ザルツの頬を、鋭い刃がかすった。


 カーサが悲鳴を上げ、驚いた鳥たちが一斉に羽ばたく。

 ザルツは跳ね起き、腰の短刀を抜く。そして、次の一閃を躱すと、カーサを後ろにかくまったまま、刺客に対峙した。3人の男が剣と弓矢をそれぞれ手にして、ふたりの前にいた。


「男にかまうな! 目的は女だ!」


 口々に男たちはそう叫びながらカーサに向かって刃を振り下げる。ひとりの男がカーサの後ろに回り込み、背中を突き刺そうと試みる。


 だが、ザルツの剣の動きは速かった。態勢を動かさぬまま、腕だけを背後に滑らせ、男の動きを止めると、次の瞬間には男に向かい合い、その胸元を鋭く短刀で斬りつけた。


 ひとり、男がどうと血を噴いて倒れる。

 残るはふたり。


 男たちはザルツの剣の腕前にひるみながらも、声をあげて襲いかかってくる。


「殿下の敵だ!」


「やはり貴様たち、オルグ殿下の残党か!」


 ザルツも大声で応じると、カーサの手を放し、庭園の石畳を踏み台に勢いよく跳び、まずは右側の男の懐に飛び込むと喉元を一閃のうちに切り裂く。

 そして、その反動で今度は左に鋭く歩を踏み、勢いよく最後の一人の首筋を深々と斬りつけた。


 一瞬の間に決着を付け、ザルツは足下に倒れた男どもの息が絶えているのを確かめると、血に濡れた短剣を鞘に収め、レモンの木陰で幹に寄りかかるようにして震えているカーサに駆け寄った。


「怪我は無いか」


「……ええ……」


 ザルツはカーサの手を掴んで、その身をゆっくり引き起こしながら言った。


「いいか、言ったとおりだろう。お前は殿下の残党に狙われているんだ。このことをしっかり覚えておけ。気を緩めるな」


 カーサは青ざめながら、流血の場から目を逸らした。殺されてもいいという思いは常に、胸にありはするが、いざ惨劇を目の辺りにすると、自分の身の置かれている状況の恐ろしさも身に染みた。そんな矛盾した感情がカーサの心を去来する。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。見上げる空は、こんなに青く、美しいのに。


 だが、その襲撃は来る戦乱の予兆でしか無かった。

 南部のゼリガ郡にて叛乱発生の報が首都に届いたのは、その10日後のことだった。

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