第三話 カメルアの後宮

 カメルア。

 カーサの暮らすマグナラリレの隣国であり、もとは由来を同じくする兄弟国である。

 だが、資源に乏しいマグナラリレにくらべ、鉱物に恵まれたカメルアは経済面・軍備面に優れ、近年、国力の差は次第に開くばかりであった。


 とはいえ、自国の弱腰に嘆く領民や父を目にしつつカーサは育ったが、隣国を脅威と思ったことは無かった。ことに、言語も民族的にもほぼ同じと言う土地柄からして、カメルアには根拠の無い信頼さえ持っていたカーサである。


 で、あるというのに。


 まさか、自分がこんな目に遭い、こんな形でカメルアの地を踏むことになるとは。カーサはあまりのことに、気が動転するばかりであった。


 そう、目覚めればカーサは隣国カメルアにいた。豪奢な寝台に寝かされていた事に気付けば、目の前にいたのはカメルアの女官であった。その女官がうやうやしく、だが冷徹に述べるには、ここはカメリアの王宮の後宮であり、自分はそこに仕える身分であること、ついで、カーサの世話係に自分はあるということであり、カーサはしばし、驚きのあまり声を上げることすら忘れていた。


「貴女様はめでたくも、我が国の次代王位継承者であられます、オルグ殿下のお目にとまったのであります。ついては、貴女様はカメルアの後宮に寵姫として迎え入れられました。ゆめゆめも、失礼の無いよう、殿下にお仕えなさいまし。その身を惜しむこと無く、ご奉仕なさいまし」


「……無茶苦茶だわ……! 私はだいたい、マグナラリレの民、それに許嫁もいる身です。あんなやり方で連れてこられて、いきなり寵姫だなんて……直ぐに帰して!」


 激高するカーサに対して女官はどこまでも無表情である。


「それは私の一存でどうなることでもなく。ただお決めになれるのはオルグ様、唯一お一人でございます」


「なら! 連れてきて! 私が直に交渉するわ」


「よろしいのですか……?」


 女官が冷笑した。僅かに口角があがり、皮肉なものでも見るような視線でカーサを見やる。それは憐れみの目にも似ており、カーサはその意味を直ぐに知ることになるが、そのときはそうと、思いは及びもしなかった。


 そう言うと、女官は静かに部屋を出ていった。少し落ち着きを取り戻したカーサは、部屋を改めて見回した。見たことも無い高級な織物が下がる天蓋付の寝台、豪華な調度品の数々。そして焚かれた香。カーサは遅まきながらぞっとした。ここは、間違いなく、寵姫がその役目を果たす、つまりはカメルアの王族による寵愛を授かる部屋なのだ。


 なんて、忌まわしい。

 ……あんな、あんな男の寵姫になんて、なれるわけがない。今すぐ逃げなければ。


 が、窓に駆け寄ったその時、扉が開く音と、あの聞き覚えのある野太い声が背後から浴びせられた。


「逃げられぬぞ」


 振り向けば、オルグが部屋の中に立っている。そして、震えるカーサに近寄ると顎を掴み、カーサの顔を無理矢理窓へと押しつけた。


「よく見ろ! ここは塔の最上階だ。それとも身を投げて果てるか?」


「……放して……」


「そうだろうな。同じ果てるなら、俺に抱かれた方がどんなにましだろうよ」


 そして、ゆっくりと、青ざめたカーサの顔から手を放すと、おもむろにカーサの唇を奪う。

 カーサの全身に鳥肌が立つ。

 気が付いたときには反射的に、カーサはオルグの頬を叩いていた。

 

 途端にオルグの眼光が鋭くなった。


「……ほう。面白い……」


「来ないで、お願い……来ないで!」


 カーサは自分の甘さを呪った。恐怖のあまり涙があふれる。だが、涙しつつも、最後の抵抗を試みた。無駄だと分かってはいても、そうせざるを得なかった。


「お願い……来ないで!」


 だが、オルグはカーサの体を容赦なく、寝台に投げ飛ばした。そして、いとも容易くその肢体を組み敷くと、淫らな笑いを浮かべて耳元でゆっくりささやいた。


「これから、お前を、あのとき身を投げていれば良かった、と思うような目に遭わせてやる」


 オルグはそう言うやいなや、カーサに覆い被さった。彼女の衣服が音を立て裂ける。それが、カーサにとって、屈辱の一夜の始まりであった。

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