第二話 故郷の夢

 気が付けば、カーサは故郷の地、マグナラリレアの自分の館にいた。


 いつもの寝台、いつもの朝だ。

 勢いよく起きれば朝の陽に包まれた体は軽く、カーサは持ち前の元気の良い声で「よいしょ!」と叫びながら跳ね起きた。

 今日は気持ちがわくわくする。なんだか悪い夢を見ていたみたいだけど、そんなことは無いみたい。そうだ、今日は許嫁のサズが家を訪れる日だった。


 そこでカーサは何気なく部屋を見回すと、花瓶が空なのに気が付いた。

 

 よし、館の裏の森へ、花を摘みにいこう。朝食前にちょうど良い一仕事だわ。

 

 カーサは思い立つと行動が早い。さっそく寝間着から軽装に着替えると、勢いよく階下に駆け下り、扉を開け館から飛び出た。後ろから父の呆れた声が聞こえたが、気にもならない。それほど朝の森の空気は気持ちがいいのだ。


 森に駆けだしたカーサは、程なく、カツミレの花が咲いているのを見つけた。可憐なその姿は、サズが好きそうだ。カーサはそこに座り込むと、夢中になって花を摘み始めた。


 だから、いきなり森の影から数騎の馬が飛び出てきたのに、一瞬気が付くのが遅れ、カーサはよろけた。

 そして、スカートに集めたカツミレの花が地面に散らばるのに気を取られ、騎上からいきなり降ってきた野太い怒号の理由も、すぐには理解できなかったのだ。


「……娘! こんなところでなにをしている! おかげで獲物を逃がしてしまったでは無いか……!」


 見れば馬の上から見知らぬ男が怒気をはらんだ目でカーサを睨み付けていた。

年の頃は20代半ばといったところであろうか。端整な顔立ちだが、気位が高そうな物言いが気に障る、この辺では見たことの無い男だった。だがカーサはひるまずにこう返した。


「……そうは仰るけど……あなたは誰? 狩りの途中のようにお見受けしますが、ここは我がスリズ家の領地の森、領民の他には禁猟地のはず。迷い込んだのなら、どうぞお帰りなさいませ」


 カーサにしては丁重な物言いであった。それだけに、それが相手を逆に怒らせるとは、まさか思いもしないもしなかったのだ。


「生意気な口をきく娘だな。無礼な娘め」


「……無礼はあなたの方でしょう!」


 気の強いカーサも怒気をはらんだ声で言い返す。すると相手は不意に顔に笑みを浮かべた。ただ、それは和睦とは程遠い、禍々しい笑顔だった。


「お前はなかなか美しいな。名は何という」


「……カーサ・スリズよ。それが……うっ!」


 ……カーサは最後まで言葉を継げなかった。いきなりの鋭い痛みが頭上を襲ったのだ。見知らぬ男が笑いながら鞭を振るってきたことを、信じられない面持ちで見上げる間も無く、再びカーサの肩を、その次は胸を、男の鞭が唸りを上げて打った。


「いたっ……! 何を……! 何を、する、の……!」


 カーサは恐怖におののき叫んだ。だが男の鞭は止らない。痛みに意識が急速に遠のく。手にしてたカツミレの花がばさりと足下に舞う。


 倒れ、土にまみれたカーサが最後の意識の中で捉えたのは、男達の冷笑混じりのこんな言葉だった。


「良い狩りになったな。兎は仕留め損ねたが、代わりにいい獲物が手に入った。しかも田舎のマグナラリレにしては上玉な奴だ」


「オルグ様、この娘を、寵姫にとお考えですか」


「ああ、ちょうど、いま後宮にいる女は、俺の相手をするには、ちと、物足りぬ者どもばかりでな」


「ほほう。しかし、ちょっと気が強すぎませぬか」


「かまわぬ。変わった毛色の女もたまには良いものだぞ……さあ、手土産もできたことだ、カメルアに帰るとしようじゃないか……」

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