30 潜む影と見つける老獪

 デトハーの東側、宿屋付近にて武志、ヴィンド、アースカとギルド所属の傭兵スピュートとギルド組員が二人。

 北側、破壊された北門にてノール、ミュレット、ギルド所属の傭兵ブッレヤクサ。

 北門から少し離れた場所で消火活動をしているギルド所属の傭兵スバードとクルパ。

 そして、街全体でギルド員や旅人などが消火活動に避難誘導、魔狼退治にと奔走していた。


 そんな混乱の街の影、建物の間で人目を避け息を潜め隠れる男。

 目出し帽のように頭からボロ切れのようなマントを覆いかぶさり、夜の闇がその姿を念入りに隠している。

 突き出した手で宙に渦巻く魔素を操り──魔狼を作り出していた。


「・・・・・・魔獣使いってな、器用なものだな。オタク、普段は絵でもやってんのかい?」


 魔素を操る男──魔獣使いと呼ばれた男の背後からしゃがれた声が聞こえる。

 影に紛れるようにもう一人、長身の男がそこに立っていた。


「話しかけないでくれるか? こっちも集中してやってるんだ」


 魔獣使いの男はしゃがれた声の主へと振り返る事なく、突き出した手の先にある魔素へと集中していた。


「つれないことを言うなよ。こちとらアンタの護衛なんて任されて、暇してんだ。せめて話し相手ぐらいにはなって欲しいもんだぜ」


 しゃがれた声の男の言葉に魔獣使いの男は苛立ちを感じ、それが目の前で操る魔素へと反映されてしまう。

 渦が歪み刺々しい形へと成り、魔獣使いの男は慌ててそれを制御する為に力を緩める。


「ふざけるなよ。こうやって話し声でここがバレる可能性だってあるんだ。それに今は予想以上に早い対処で魔狼が倒されちまってる。新たな魔狼を作り出すので手一杯なんだよ!」


 冷静さを取り戻さなくてはならないと魔素の乱れに反省しつつも、無理解な護衛役にいちいちな説明をするだけで苛立ちは増していく。


「街に三方、魔獣使いを用意してるはずだけどそれで間に合ってないって事か。なるほど、やり手が多いねぇ、この街は」


 魔獣使いの苛立ちと焦りに対して、しゃがれた声の男はのんびりとした対応だった。

 危機感が足りないんじゃないか、と抗議してやりたい気持ちであったが魔獣使いは口を閉ざした。

 この男と口論するのが今優先することでは無い、何よりも魔狼である。

 魔狼を次々生成しなければ、この任務は失敗へと追い込まれる。

 頭の中にかつて対峙した魔狼の姿を思い描き、それを渦巻く魔素を介して練り上げていく。


「魔獣使い、って言うから魔獣を手懐ける力でもあるのかと思ってたけど、魔獣を魔素で再現する力とはねぇ。それって絵描きか、造形師とかが向いてるんじゃないのかい? あるいは彫刻師。あ、魔狼の石像は人気でそうな気もするな、厄除けに向いてそう」


 新たな魔狼が一匹、生成され街に放たれていく様を見ながらしゃがれた声の男はそんな感想を口にして、魔獣使いの男はそれを無視することにした。

 絵描き、造形師、彫刻師──美術の道に進みたいと願ったことなど当たり前のようにあった。

 それだけを夢見て生きてきた、はずだった。

 大陸で戦争が始まり出して、男は魔獣使いとしての才を見出され徴兵されてしまった。

 拒否権は無く、培ってきた技術は全て魔獣という兵器として使われることになった。

 机の上のリンゴ、窓の外の景色、隣に住むの麗人。

 描きたいものなど沢山あったが、作り出すのは狼に、蜥蜴に、骸骨だ。

 見た人を喜ばせる為に描きたかったはずなのに、見た人間を殺すために作り出している。


 そんな無念を振り払う為に、今は無心になって魔狼を作り出さなければならない。

 心を殺さなければ、人は殺せない。

 心を殺さなければ、戦争には勝てない。

 心を殺さなければ、国を守ることは出来ない。


 心を殺さなければ、芸術の道に戻ることは出来ない。


 心を殺し、人を殺さなければ、俺は死ぬんだ──


「──素早い出現に近くにいるかと予想しましたが、ようやく見つけましたぞ」


 魔獣使いの男の思考を遮るようにかけられた言葉は、目の前、腰あたりに杖を構えた老人が一人。

 先に放った魔狼に襲われることなく影に身を潜めていた男の眼前に、気配一つ察知させることなく現れた老人。

 魔獣使いの男は驚きと恐怖に息を吸い込み、か細い音を鳴らす。

 老人の左手は杖を握り、右手はその杖の先端を掴んでいた。

 杖の構えとしてはおかしな様子に、魔獣使いの男は瞬時に判断して後ろへと仰け反る。


「どきなっ!」


 魔獣使いの仰け反る身体、その肩を強く引っ張り後方へ投げるように押し飛ばすとしゃがれた声の男が代わりに前へと出る。

 突然現れた老人──ヴィンドの仕込み杖の抜刀が横一線、魔獣使いを追い、薙ごうとするもそれをしゃがれた声の男が遮った。

 ぶつかり、夜の街に響く金属音。


 ヴィンドの刃を止めたのは、しゃがれた声の男の構えた赤鉄のトンファー。


「ほう、あまり見ないエモノですな?」


「いいだろ、コイツ? もう一本あるぜ!!」


 右手に構えたトンファーで刃を止め、左手に構えたもう一対をヴィンドの喉元へと突き出す。

 しゃがれた声の男、その長身から繰り出される突きは槍のようなリーチを誇っていた。

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CHANGE the WORLD 清泪(せいな) @seina35

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