第452話 終わりの時

クロード達の帰還に、イシュリーン城はもちろんのこと首都アステリア全体が喜びと安堵に包まれた。


君主たるオルタ帝たちが襲来してくる神々を迎え撃つため、臣民たちの前から姿を消してから二月ふたつきほど、そしてルオ・ノタルの現人神とあがめられるようになっていたクロードが上位階層次元に旅立ってから一年近くが経過していた。


≪不変≫のゴドゥバルドによる各次元階層の分断と≪流転≫のザナイ・ミギチシギによる万物流転の速度制御が無くなったことで、今は≪大神界≫内の時の流れは均一となり、その基準はルオ・ノタルがあった最下層次元のものにクロードによってあえて再設定されている。


神々が創り出したそれぞれの≪世界≫には、それとは別にまた各次元階層ごとの≪時≫の流れの速さに準拠した一定の時の速度が設定されていたのだが、その≪世界≫内の設定の恒久性のおかげで、大神界全体を揺るがしかねない階層次元の大統合による変異の影響を最小限にすることができたようである。



受肉し、人間としての肉体に戻ったクロードは、出迎えてくれたイシュリーン城内の人々の歓喜の輪の中に自ら入っていくとそのまま、最愛の人であるシルヴィアに駆け寄り、無言で強く抱きしめた。


それほど長く離れていたわけではないのに、これほど会いたい気持ちが募っていたことにクロードは戸惑いながらも、嬉しく思った。


≪唯一無二の主≫という規格外の存在を身のうちに取り込んだ影響で、人間らしい感情が失われてしまったのではないかととても心配していたのだが、ことシルヴィアへの愛情については決して変わっていないようだ。


こんなにも愛しく、こんなにも儚い。


こうして抱きしめていなければどこかに消えてしまうのではないかと、今のクロードには感じられ、それがさらにシルヴィアへの愛情を掻き立ててくる。


転移前の全ての記憶を失った自分にとって、初めてできた恋人であり、家族であり、もはや自分の命よりも大切な存在だった。


「クロード様、よくぞ御無事で……」


シルヴィアが胸に頬を擦りつけるようにして、さらに背に回した腕で強く抱きしめ返してくる。



オルタ、ヴェーレス、エーレンフリートをはじめとするアウラディアの忠臣たち、大事な人々の歓喜の輪の中で、最愛のシルヴィアをこうして抱きしめている。


このまま、この幸せな時が止まってくれたらいいのにとクロードは思わずにいられなかった。


このルオ・ノタルの世界、大神界、そして大神界外の時間。


それぞれの時が流れゆく中で、≪唯一無二の主≫が言った十四億年というのは、MEMORANDUMメモランダムがその時を数える大神界外の時間を指す。


それは≪唯一無二の主≫がいた第十一天と同じ時の流れの速さ。


ルオ・ノタルの世界の時の流れは、それよりは緩いが、それはあくまでもまやかしの時間だ。


この世界の住人が体感している時間の経過とは別に外の世界の時は一刻また一刻と過ぎ去り続けているのだ。


≪大神界≫の終わりの時は、いずれやってくる。


このかけがえのないシルヴィアとの最後の時も。


だが、今はそのことを考えたくなかった。

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