第450話 メモランダムの痕跡

これほどの途方もない≪神力≫を受け止めきって、俺は、俺でいられるのか。


これまで様々な神々を取り込んだ際にも、自分の人格面に少なからぬ影響を受けたという実感があるが、一度にこれだけの≪神力≫を≪神喰≫のスキルで吸収した経験は無い。


これまでは自分が自分であるという実感が失われることはなく、やや好戦的になったり、老獪なものの考え方をするようになったりと新たな一面に気が付かされるような感じであったが今回はどうなるか、まるで想像がつかなかった。


≪唯一無二のしゅ≫の六百六十六億年分の記憶がクロードの中を駆け抜け、その膨大な情報が怒涛の如く流入してくる感覚にただひたすらに翻弄されてしまった。


≪神力≫と記憶の激流に飲み込まれないように必死に己を保ちながら、無限にも感じる苦悶に満ちた時間を耐え続けた。


いっそ殺してくれと、叫びながら身を搔きむしり、悶えた。


どれだけ時が経っただろう。


舞い散る≪神力≫の粒子が次第にクロードの神体に吸い込まれていき、視界が晴れて来ると心身を苛む苦しみが治まりはじめ、代わりに燃えたぎる太陽の様な力の充実と今までとは比較にならないほどの万能感のようなものが宿った実感が湧いてきた。


どうやら、俺という継続した意識という感覚は残っている。


俺はクロード。


それは間違いない。


他の何物でもなく、自分は自分であると断言できる。


≪唯一無二のしゅ≫を取り込む前後で意識の断絶は無い。


無かったはずだ。


この≪大神界≫に限定しての話であろうが、自分が世界の中心であり、万物をいかようにもできる感覚がある。

もはや≪御業≫などというものに頼らなくても、ありとあらゆることが可能である気がしているが、実際にどのようなことができるかは、追々確かめなければならないだろう。


それと、自分を取り巻く世界がとても静かであるように感じた。


≪大神界≫の隅々がまるで手に取るようにわかるのに、まるでそれらが他愛のない、とるに足らない存在に思われて心に少しも響いてこない。

まるで巨大なゾウが足元を這う蟻などの小動物の存在に気が付かないように、全てのものが有象無象に思われてならないのだ。


自分はどうなってしまったのか。


その心の変化に戸惑いながら、クロードは≪人様態≫を保ったまま、地下施設中央に鎮座する球形のホログラムの前に近づいて行った。


「≪唯一無二のしゅ≫の遺した備忘録。これを俺にどうしろと言うのか」




≪唯一無二のしゅ≫の遺した備忘録というのは、MEMORANDUMメモランダムという機械的かつ知的な記憶媒体であった。


≪唯一無二のしゅ≫は俺に理解しやすくさせるために敢えて人工知能という言い方をしたが、それはおおむね間違ってはいないようだった。


クロードの≪念話≫に答え、クロードが知りたい内容を提供してくれる。


その網羅する情報の範囲は、この≪大神界≫におけるほぼ全域に及び、≪唯一無二のしゅ≫から引き継いだ力の行使方法や外の世界に対する彼なりの推論なども残してくれていた。


このことからも≪唯一無二のしゅ≫が無責任にすべてを自分に押し付けたのではないことが伝わってきた。


彼は、彼なりに苦悩し、そして、その上で自分に託してくれたのであろう。


最終的には得体の知れない化け物に喰われて消滅する宿命さだめであると知り、その上で何とかそれを覆そうとしていた痕跡がある。

行き着いたその最善の手が、自分にすべての力を託すことのようだった。


≪奴ら≫に一矢報いたい。

そう言っていた≪唯一無二のしゅ≫の≪念波≫が脳内に蘇ってくる。


クロードは待ち受ける未来の過酷さにに改めて愕然としながらも、どこかこの状況を冷静に受け止めている自分がいることに気が付いた。


自分としてもそんな訳の分からないものに捕食されるなど御免だし、せいぜい最後の時まで抗ってやるという闘志が不思議と湧いて出て来る。



これから十四億年ほどかけて、考えなければならない。


自分がこれから先、どうすべきなのかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る