第449話 さよならの時

ラムゼストの記憶が途切れたと同時に、感覚の共有も解かれた。


視界が戻り、目の前に再び現れた景色は、≪唯一無二のしゅ≫に連れられやって来た地下の施設であったが、その広いドーム型の室内には高密度の≪神力≫の粒子が充満しており、異様な雰囲気になっていた。


そして何より、目の前に立っている≪唯一無二のしゅ≫の姿が崩壊し始めていた。

今まで見てきた神々とは大きさも、その形態をも異にする≪神核≫らしきものに深刻な損傷があった。


「一体、何が……」


『驚かなくてもいい。これは自らしたことなんだ。君をこの場所に導いた後、自分で自分を終わらせる予定だった』


驚き、狼狽えるクロードに向かって≪唯一無二のしゅ≫が語りかけてきた。


「わからない。なぜ、このようなことを? 神が自ら消滅を選ぶなんて……」


『ラムゼストの記憶を見ただろう。僕などという存在は所詮、この小さな……≪大神界≫と君たちが呼ぶ隔絶された限定空間のいち囚人に過ぎない。外の世界で何が起こったのか、なぜ僕は囚われ、そしてその長い刑期の後に供物として未知の存在たちの餌食となる宿命を科されているのか。その事だけを考えた数百億年だった。ラムゼストの剥ぎ取られた意識が邂逅したホウライズシトキノオオカミ……あれはおそらく僕と同種の存在だろう。ただ、その身に帯びたエネルギーの質は≪神力≫とは別物といっていいほど高純度で、僕にすらわからなかった部分も多くあった。ここからは僕の仮説だが、≪神力≫にはまだ先がある。本来、僕はもっと成長し、別次元の存在になり得たのではないだろうか。だが、この≪ウォルトゥムヌスの果実≫と呼ばれる外殻の力なのか、あるいは何か別の理由なのか、ホウライズシトキノオオカミが≪奴ら≫と呼ぶ者たちによって、僕は連中の食べ頃までにしか成長できないように生育調整されている。五十六憶七千年を十二回繰り返した頃、外殻は朽ち果て、何も事情が分からない≪神≫が為す術もなく捕食されるという仕組みなのだろう。だが、僕だって≪奴ら≫の思い通りになる気はない』


「それで、喰われる前に、自ら消滅を選んだということですか。そのホウライズシトキノオオカミの言葉が真実であるかもわからないのに……」


『そうではないよ。これはただの消滅ではない。≪奴ら≫に一矢報いるための僕の、精一杯の反撃だ。ディフォン、君に≪神喰≫の力を組み込んだのは、今日この日のためだったと言っても過言ではない。≪神≫を喰らうという≪奴ら≫の特性から着想を得た新たな試みだったんだ。僕の全てを受け継いだ君に先の未来を託したいと考えたんだよ』


「そんな……、そんなの無責任だ。この俺に、あなたの代わりとなって、その≪連中≫と戦えというのですか?」


『残酷な運命を押し付けてしまったことは自覚している。だが、君の他に適任はいなかった。僕は本来、戦いには向いていない。闘争本能というものがどうにもかけているようなのだ。それゆえに戦闘経験もなく、おそらく同等の力を有していたなら、僕は君に確実に劣る。君は幾多の戦いを経て、この場にたどり着いたのだからね。それに、僕が君を選んだのにはもう一つ理由がある。ガイア神の娘、あの天才児であったルオ・ノタルが一から新たに創り出した≪魔力塊≫、そしてそれから派生した原子魔導炉由来のあのエネルギーだ。君は≪魔力塊≫を持ち、魔力の操作にも長けているばかりか、あの≪神力≫をも傷つける正体不明のエネルギーにも何度か直に触れ、コントロールを試みている。あの力をもし自在に使いこなせるようになったなら、出力次第によっては外殻の破壊は元より、≪ウォルトゥムヌスの果実≫の外で、結実けつじつの時を今か今かと待ち受けている≪奴ら≫に一杯食わせることが可能ではないかと考えたんだ』


「しかし……」


『まあ……、そんなに難しく考えるな。使命などと難しく考えず、タイムリミットまでの残り十四億年ほどを、お前が望むように好きに生きるがいい。人としての生を望んでいたのだろう。家族と、子や孫たちと思う存分に生きて、満足したなら、その後どうすべきか考えればいい。僕は素直に、お前が羨ましいよ。存在していたいという気持ちの源泉をいくつも持っているのだからな。僕には何もなかった。君を見出す前は、ただ如何に消滅するか、そればかりを考えていたんだ。六百六十六億年の孤独が僕の精神を朽ちさせたんだ。死への渇望をこらえながら、今日という日まで耐えられた自分を褒めてやりたいくらいだよ……』


≪唯一無二のしゅ≫の神体の崩壊が一層進み、この地下施設を中心に漂う≪神力≫の粒子がクロードの体の中に取り込まれ始めた。


クロードは、自らの総神力量を何十倍も凌駕するであろう膨大な≪神力≫の流入に意識を保つのがやっとであった。


『ディフォン、……いやクロードよ……。さよならの時が、来た……ようだ。最後に言わせてくれ。この僕の創った≪大神界≫に生まれてきて……くれて、ありがとう。そして、すまな…かった……』


≪唯一無二のしゅ≫の消えゆく最後の表情はわからなかったが、その伝わってくる感情の波からは、全てを成し遂げた満足感と穏やかで安らぎに満ちた温かいぬくもりのようなものが感じられた。

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