第448話 時の大神

そこは、たとえ神であってもおのれが己であることを強く意識し、しがみ付いていなければ掻き消えてしまような凄まじい時の潮流の中であった。


ラムゼストの意識はこの空間を≪大神界≫の中でも外でもない、別のどこかであると認識していた。


上下に存在する巨大なうろからは絶えずなにがしらかのエネルギーが循環しており、あちこちにその吹き溜まりの様な場所が出来て、渦の様な形状を取ったかと思えば消えていくような、変化の絶えない周囲の景観であった。


空間の認識が正常に働かず、その場所が狭いのか広いのかさえ認識できない。


空間を対流するエネルギーが一つ所に集まってきて、形を成した。


このエネルギーは、よく似ているが≪神力≫ではない。

より高密度で複雑な何かだった。


それはラムゼストが圧倒されるほどの巨大さであり、不完全な人のような姿を取り始めた。


髪の長い女性のように見えるが、この際、性別は意味をなさないだろう。


『探求者よ。在りもしない真理を追い求める者よ。よく来た。今しばらく、その自我を保ち、そして我が言葉を聞け。お前を創りし、主のもとに必ず届けるのだ』


それは意志の塊を直接流し込んでくるようなやり方で、声や念のようなものとは異なる強引な伝達方法であった。


ラムゼストはこの空間で己の存在を保つのがやっとという状態であったのだが、この流れ込んでくる意志の与えてくる苦しさに、息も絶え絶えとなり、身じろぎするのがやっとであった。


言葉を返すことなどとてもできそうにない。


『お前たちが閉じ込められている場所は≪ウォルトゥムヌスの果実≫と呼ばれる檻だ。お前たちは定められた収穫の時までそこから出ることは叶わない。お前たちの時で、おおよそ五十六憶七千年を十二回繰り返した頃、檻はおのずと腐れ落ち、そしてお前は、お前の創り主ともども、奴らの最上の御馳走として、その餌食となることが運命づけられている。檻を破壊し、外に出ようなどと考えてはならぬ。こことは異なる並行世界において、お前たちの房は変革の兆しとなった。兆しはやがて大いなる災厄をもたらしたが、その奥底に小さな希望を残した。その希望を信じ、今は待てと主に伝えよ。一対の使者が訪れ、我のいる世界線では為しえなかった救済をもたらすであろう。世界線とは零次元幾何を持つ点粒子の時空上の軌跡だが、お前の主にはそれで理解できよう。名も知らぬ探求者よ、我は悠久の無限に等しい時を、この時の狭間でずっと待っておったのだ。何者かが果皮に触れ、意志の邂逅を可能にするこの一瞬をな。そして曼荼羅の如く並べられた≪ウォルトゥムヌスの果実≫のいずれかから、兆しが顕れるのを。ああ、時が無い。我の蓄えられた時の力ではこれが限界のようだ。敗北し、一方的な搾取を受けることとなった我ら神族の最後の希望をお前の主に託す。我はホウライズシトキノオオカミ。必ず主に我の言葉を届けよ』


ここで≪真理≫のラムゼストの記憶は途切れた。

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