第447話 未知の体験

≪唯一無二の主≫は輝く人型の発光体であり、その外見からはどのような表情をしているのかなど読み取ることはできない。


だが、あえてそうしているのか、その全身から様々な心の動きを波長として発してくれている。


≪唯一無二の主≫の心は、先ほど地上で見たあの青く澄んだ巨大な水溜まりのように静かで諦観めいていたが、時折、クロードには理解し難い複雑な感情が顔をのぞかせる。


その感情が何であるかは人とはあまりにかけ離れており、今の自分には理解できない。


「ラムゼストには≪真理≫の権能を与えていた。これは≪大神界≫の外殻を調べるにあたって、それに触れることのできない僕に代わって多くの情報を感知し、それを実感として理解するために必要な能力を全て結集させた他とは違う強力な権能であったのだが、そのラムゼストに驚くべきことが起こったのだ。これについては直接、彼の記憶により知るがいい。久しぶりの対話で少し疲れた」


≪唯一無二の主≫の頭部から、指先ほどの小さな緑色の光球がでてきてクロードの目前に飛んできた。


その緑色の光球を掌に乗せてやると、クロードの意識との同調が始まった。

視覚が、聴覚が、他のあらゆる感覚が、時と場所を越えて、周囲とは異なる別の状況を認識し始めた。




それは≪真理≫のラムゼストと呼ばれた神の記憶であるらしい。


「エイジ20258085518、調査AE8021、ポイントD124432、試行107後、異常なし。いや、ちょっと待て。表面の構成物質の乱れ……劣化確認。損傷じゃないな。経年……劣化?」


この音声で始まったビジョンは、色彩に乏しく、少し視野が乱れていた。


ラムゼストの視界を通しての映像を見せられているようだが、それに付随して触覚などの他の感覚器官からの情報も伝わってくるので、その場にいるような臨場感がある。


どうやら彼は受肉し、物質の身体を持った状態で調査しているらしかった。


受肉と言っても人族のものではない。

宇宙空間の過酷な環境に耐えうる超越した耐久性能を持つ肉体である。


ラムゼストは、彼の≪御業≫によるものなのか、何か人間の頭部くらいの大きさの≪神力≫の塊に語りかけながら、調査をしているようだった。


その≪神力≫の塊は≪念波≫による音声を記録し、調査における様々な補助的機能を持っている助手のようなもののようだ。


ラムゼストのオーダーに応じて必要な道具や機材を現出させる機能も有しているらしく、ラムゼストはこの≪神力≫の塊を「相棒」と呼んでいた。


少しの時間、ラムゼストの調査風景が続く。


初めてみたが≪大神界≫を覆っている外殻は、神造次元壁のような≪神力≫によるものではなかった。


≪神力≫よりは物質に近い印象だった。

その表面は宇宙空間の景色を投影しており、あたかも自然な景色であるように少しずつ変化し続けている。


少し離れたところからこの外殻の内面を眺めたなら、そこに壁があるとは気が付かないかもしれない。


ラムゼストが、自身とその周辺を空気の膜で覆い、拳で外殻の表面を軽く二、三回叩く。


コン、コーンといった軽い反響音があり、金属板、あるいは陶器質の物体が出す反響音に少し似ていた。


しかし、純粋な物質ではないのであろう。

そうであるならば、≪神力≫で構成されている神々の肉体は容易に通り抜けられるはずだ。


それが出来ずに破壊を試みているのは、≪神力≫の透過を許さないなにがしらかの性質を有しているからにほかならない。


「やはり、そうだ。初回の調査時と比べて、明らかに外殻の表面に劣化が見られる。これはこれまでの破壊試行の影響とは別のものだ。これはいい。この兆候は外殻が破壊可能である根拠を裏付ける重要な要素に……」


ラムゼストがそう言いながら、外殻の表面に掌をのせたその時、異変が起きた。


全身が硬直し、視界が固定されたかと思うと外殻の向こうから何かが伝わってきた。


音でも、≪念波≫でもない。


クロードにとっても未知の体験だった。


≪大神界≫全体の時の流れが完全に停止してしまったかのような感覚があった。


そして、肉体から意識が剥ぎ取られ、どこかわからない場所に放り出される。

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