第446話 理外の理

周囲の風景が再び一変した。


というよりも先ほどの場所から強制転移させられたと考えるのが妥当だろう。


狭い部屋から、≪無≫と呼ぶしかない不可思議な場所、そして今度はどこか開けた場所に出た。


草木も生えない殺風景な島のような場所で、風もなく、周囲は波一つ立っていない静かな深い水溜まりであった。


その水溜まりは水平線の向こうまでどこまでも続いており、この小さな島以外は何もない。


なぜ水溜まりと表現したのかと言うと潮の匂いがなかったのと流入してくる河川が存在しなかったからだ。


この≪世界≫にはこの島と膨大なこの水溜まりしか存在しないようだ。

動物も植物も微生物すら存在しない無機の世界。


そのおかげか水はどこまでも澄みわたり、深く青い。


どうやら、ここはどこかに存在する小さな≪世界≫のようで、第十天のさらに上位階層次元にあることが、ルオ・ノタルを守るために残してきた神造次元壁との距離感から把握できた。


「ここは、僕が創造した≪世界≫の中で、唯一清算せずに残しておいた≪世界≫だ。ここに僕の伝えたいことの全てがある。この下だよ」


自分と同じ顔をした≪唯一無二のしゅ≫がそう言うと地面に沈んでいく。

その姿は、白いワイシャツにスラックスという出で立ちになっており、物質の肉体だったので、どうやら地面を透過できるスキルのようなものを使ったと思われる。


受肉化していない≪人様態じんようたい≫であったクロードはその必要もなく、そのまま後を追って、地下に向かった。



降りていった先は、エルヴィーラたちが拠点としていた≪箱舟≫の内部を思わせる場所だった。


床も壁も、内装すべてが未知の金属板で仕上げられており、高い天井はドーム型だった。


壁際には見たことも無い機器や計器が備わっており、部屋の中央には巨大な球状のホログラムがあった。


「長々と連れまわして、悪かったね。ここが最終目的地だ」


「ここは?」


「この場所は僕の終焉の地としてあらかじめ用意しておいた場所なんだ。ここに僕の全てがある。六百六十六億年間の僕の活動の記録とアイデア、そして君のこれからに役立つ様々な知識をここにその都度、残しておいていたんだ。そう、これはいわば僕の≪備忘録≫だ」


「備忘録?」


「そう、記憶は有限だ。君だってつけていただろう。この僕であっても容量に限りがある。古く、一定の優先度から劣った記憶から風化し、あるいは変化してしまうんだ。失われた記憶を補おうとして、有りもしない事実を思い出として生み出してしまう。このホログラムは、対話型の人工知能のヴィジョンだ。マスターとして、君の≪神力≫の波形を記憶させたから、もう君以外の問いかけには答えない。僕がいなくなった後、なすべき道に迷ったら、参考にするがいい」


「いなくなるとはどういうことですか。まだ本題を聞いていない」


「いいか、ディフォン。君は、数多の存在の中から僕が選び、名を与えたんだ。今から僕の言うことを聞き、その事実を受け入れる義務がある」


≪唯一無二の主≫の姿が白く神々しく輝き、クロードと瓜二つの姿から目も鼻も口も無い人型へと姿を変えた。


その姿は人の形をした光の塊であるのだが、その内側にはクロードの想像をはるかに超える量の≪神力≫が凝縮しており、これまで対峙してきたダグクマロたちはおろか、自身でさえも比較にならないほどの強大な存在であることが、理屈ではなく当然のことのように実感できた。


敵になりそうな存在であるならば、倒さなければならないなどと考えていた自分の愚かさを痛感しながらも、その場から必死で逃れることの無意味さをクロードは瞬間、理解した。


≪唯一無二の主≫にしてみれば、自分たちなどいつでもどの場所にいてさえも一瞬で消し去ることができたのだ。


想定外の事実に動揺しながらもどうするのが最善であるか思考を巡らせた。


「そう、それでいい。その冷静さと如何なる局面にあっても自暴自棄にならない君の性質はまことに好ましいことだ。今、この時にあっても、この場所に順応しようとしている。逃げることも立ち向かうことも今は無意味だ。最初にも言ったが、君に対する敵意は無い。」


≪唯一無二の主≫はクロードに歩み寄り、肩に手で触れた。


まるで落ち着かせようとしているかのような優しさが波長となって伝わってくる。


「≪真理≫のラムゼストが、同じ≪始まりの四神≫である三人によってしいされたことはもうすでに知っているな」


「はい。正気を失い、凄惨な事態を引き起こしたとは聞いています」


「お前の≪神喰≫によって吸収されなかった神々の≪神力≫、≪権能≫、≪御業≫、≪記憶≫は一度、全て私のもとへと回帰する仕組みになっている。≪真理≫のラムゼストが消滅した際も同様だった。ラムゼストは狂気に取りつかれてなどいなかったのだ。ただ、≪大神界≫の理外の理に触れ、その判断を失った。ラムゼストの許容しうる現実を理外の理が上回ってしまったのだ」

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