第445話 究極の無

そこは文字通り、≪無≫そのものであった。


空気もなく、光すら届かない。


そして何より空間そのものが存在していないのだ。


宇宙空間には岩石や塵、ガスなどが存在することを考えれば、そこは決して虚無ではなく、真空状態が≪無≫そのものではないことがこの状態を体験することで理解できた。


究極の無。


そうとしか言いようのない場所だった。


その空間すら存在しない場所に、俺だけが存在していることが分かる。


もはや理解を越えていて、今のこの認識があっているのかすらわからない。


『ここは僕が存在しているということを始めて認識したときにいた場所を限りなく近く再現したものだ。広さという概念は無い。距離や高さも同様。文字通り何もないんだ』


≪唯一無二のしゅ≫の≪念波≫が届いた。


『この≪無≫の中で僕は最初の三千年ほどを一人で過ごしたんだ。自分が何者であるのかもわからず一人で、ずっとね。でもここで待っていたなら、誰かがやってきて、僕を迎えに来るなり何なりするんだろうと期待してたんだけど、何も変化がなかった。待っている間、気が狂いそうになるほど退屈でね。自分に何ができるだろうとあれこれ試すようになっていったんだ。まずは空間を創り、その中に入ってみると、自分と言うものの形が初めて見えた。面白くなって、次々色々なものを創ってみたよ。そうして、その空間をどんどん拡張していくとするとある違和感に気が付いたんだ。この≪無≫には限りがあるぞってね。≪無≫なのに、限りがあるっておかしいじゃないか。僕は確かめたくなって、≪無≫を≪有≫で満たすことにしたんだ。そしたら、そこには壁があった。のちに僕が創り出した神々に破壊するように指示した≪大神界≫の外殻がそれだよ』


クロードは≪唯一無二のしゅ≫の話においていかれぬようにその言葉の意味をひとつひとつを思い浮かべながら聞いた。


何せ、あまりにも途方もない話である。

もしこの話をしているのが≪唯一無二のしゅ≫でなければ、呆れてしまうほど荒唐無稽であったし、この話の行く先がどこに繋がっているのか、まったく予想が出来なかった。


本題に入ると言いながら、この前置き。

ひょっとしたら、もうすでに本題に入っているのかと訝しみながら、次の言葉を待った。


『この外殻は、僕が触れようとすると激しく拒絶してくるんだ。僕の≪神力しんりき≫の波長を記憶していて、それに対して防御反応を取るんだ。驚いたよ。この時初めて僕は閉じ込められているんだって理解した。それは、迎えなんか来るはずがない。僕は閉じ込めておくべき対象であるわけだからね。外殻の隅々を探したが、出入口のようなものは無かった。当時の≪大神界≫は、今のおよそ三分の一ほどの体積を持つ球状の世界だった。それを十度にわたる神たちの破壊工作の影響で今の大きさにまで広がったんだ。≪始まりの四神≫を創ったのは、異なる≪神力≫の波長をもつ神々を互いに掛け合わさせ、僕とは波長の異なる神を産みださせることで、外殻の持つ言わば防御システムのようなものをかいくぐるためであったのだが、破壊はすべて失敗に終わり、外殻は外へ外へと大きく形を変えるにとどまったんだ。だが、その過程で、この外殻がもつある特性に気が付くことができた。この外殻の上部は非常に強固でいかなる方法を取っても形を変えることが無いんだ。変形し、拡張していくのは下部だけ。そうして、今の≪大神界≫のすり鉢状にも似た歪な形が生まれたわけだが……』


『待ってくれ。本題というのは、その外殻を破壊してほしいというものなのではないのか? そうであるならば、俺は協力できない。外殻への破壊行為はそれ自体にその周辺次元への多大な影響をもたらすと聞く。ルオ・ノタルを危険にさらすわけにはいかない』


『その件はもう、どうでもいいんだよ。君に≪大神界≫の外殻を砕けなどとは要求しないよ。たしかにこの≪大神界≫の外がどうなっているのか、この目で確かめてみたいという気はするけどね。今はもう、君がこの場所に来てくれた。その事が重要なんだ』




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