第440話 報いの時

神力しんりき≫で作られた体、すなわち神体と心が切り離されてしまったような感じだった。


これまで異能を持つ物質的な肉体や≪神力≫に、如何に頼り切っていたのか思い知らされるほどに、この今の状態は心もとなく、そして無力だった。


迫りくる亡者たちに為すがままにされ、抗うこともできない。


見た目としては、五体はしっかりあるのだが委縮してしまっていて思う様に動かすことができないのだ。


自分を兄と呼んだ気がした女の亡者や他の亡者たちに生きたまま喰われ、その恐怖の中、意識を失った。


そして再び気が付くと、新たな見慣れぬ場所に飛ばされた。


喰われたはずの身体は元通りになっていて、周囲には誰もいない。


整然と並ぶ机と椅子が印象的な室内。


再び空間の裂け目から子供の屍が数十人ほど現れ、襲われた。

聞き覚えのない名前で呼び掛けられたりしたが、それは俺のことだろうか。


そこでも全身を生きながらに亡者たちに齧り取られ、意識が暗転する。


そのようなことがもう数えきれないほど繰り返されたので、クロードはもはや屍たちにもすっかり慣れてしまい、恐怖を感じることも無くなってしまった。


見知らぬ場所に、見知らぬ亡者たち。


繰り返されるこの現象に一体何の意味があるのだろうか。


人間の肉体での死とは異なり、痛みが無い。

呼吸器の混乱や神経の不調も無いため、「ああ、喰われているな」という感想だけだった。


死に慣れるというのも変な話だが、人間の身体だった時から今に至るまでもう何度も死んだせいで、自らの肉体を焼いて消滅させることにすら抵抗を持たなくなってきていたので、余計に慣れるのが早かった。


気が付くと委縮しきっていた自分が逆に力強さを取り戻していることに気が付く。

慣れで、恐れと嫌悪感が消えたのだ。


迫りくる亡者を寄せ付けぬほどには動けるようになってきた。


こうして冷静さを取り戻してみると亡者たちは虚ろで儚げであった。

クロードが振り払うと悲しげな表情で掻き消え、先ほどよりも実体が希薄になってきたような気がした。



「おい、ダグクマロ。聞こえているなら返事をしろ。このような茶番をいつまで続ける気だ。この≪御業みわざ≫がどのくらいの≪神力≫を消耗するのかわからないが、無駄だぞ。姿を現せ!」


問いかけは虚しく響き渡り、答えは返ってこなかったが、これまでとは違う変化が起きた。


飛ばされた場所が見知らぬ光景ではなく、イシュリーン城内であったのだ。


しかもそれは現在の様子などではなく、かつてクロードが初めてこの城を訪れた頃の様子のままだった。

どこか黴臭くて、薄暗く、手入れが行き届いていない。


最近は頻繁に訪れることも無くなったが、イシュリーン城はこの後何度も改修されたし、オルタたちの手によりさらに住みやすくなったと聞く。



目の前にある玉座の間の見慣れた景色が裂け、芸もなく亡者たちの群れが溢れてきた。


今度はクロードがよく見知った顔がいくつもあった。


ザームエル、マヌード、昔懐かしのゴルツの姿まであった。


「オイゲン老、ヅォンガ、アルバン……久しいな」


皆、亡者の姿だったが辛うじて生前の面影を残していた。


いや、敢えて残してあるといったところか。


この段階でクロードは、もはやこの亡者たちが真の意味での亡者ではないのではないかと思い始めていた。


亡者たちの肉体の損傷は、死因とはかかわりが無いものばかりであるし、その口走っている言葉もどこか言わされているような感じがある。


そして、クロードの疑念がはっきりとした確信に変わった瞬間があった。


亡者たちの群れにシルヴィアやオルタ、ヴェーレスの姿があったのだ。

それだけではない。

オルフィリア、エーレンフリート、ヘルマン、ミーア……。


おそらく自分の知り得る人物のほとんど、いや全員がその場に現れていたと思う。


バル・タザルに至っては、≪入寂≫前の人の姿だった。


悪趣味なアトラクション。


それ以外の感想は浮かばなかった。


それともこの繰り返される現象の間に、神造次元壁が破られ、ルオ・ノタルが滅ぼされたとでもいうのか。



どちにせよ、もうこの笑えない茶番には付き合ってはいられない。


もし、ルオ・ノタルが滅ぼされていて、目の前の亡者たちが全て本物だとするならば、全てが終わった後で、俺もそこに行くよ。


そんな吹っ切れた気持ちで、目の前の亡者たちを蹴散らした。


いつしかクロードの存在は大きくなっていき、そして懐かしいイシュリーン城玉座の間の景色を粉々に打ち破ったかと思うと、再び現実世界の死の海の中へと戻っていた。


繰り返された何百、何千の死がそうさせたのか。

クロードは、以前よりも自らの心の有様がとても静かであることに気が付いた。


もはやダグクマロの手妻てづまじみた≪御業≫など恐れることはない。


奴の力のこの≪御業≫は、触れた者の心を≪神力≫から切り離し、それを弱体化させることで心の死をもたらすものであるようだった。


おそらく実際に存在する残留思念や術に掛けた対象者の記憶などから幻影を造り出すというからくりなのかもしれないが、転移前の記憶を失っている俺にはほとんど意味がわからなかった。


≪神力≫の差を覆すには、≪神力≫同士の衝突を避け、このような手段に出るしかなかったのだろうが、俺には効果が薄かったようだ。


ただ、死を繰り返している間、考えさせられたことはある。


俺が第十天を目指すという選択を選んだせいで、生まれ故郷であった第八天の世界の住人は、≪神核合成≫のための供物となり、全員命を奪われたという話であったから、俺が見せられた亡者の幻影たちの中には本当の怨嗟の念がこもっていたのかもしれないということだ。



俺にもし記憶があったなら、それはおそらく心が耐えきれないほどの罪の意識をもたらしたであろうし、実際にそれ以上の大罪を犯してしまった。


第八天だけではなく、この≪大神界≫の全ての次元で、数えきれない生命が俺の選択によって失われたのは事実だ。


俺には俺の事情があったし、その選択が最善であったとは言い切れないが、いずれ報いを受ける時が来るかもしれない。


為すべきことを為した後で、もしその報いの時が訪れたのならその時は全てを受け入れようとクロードは考えるに至ったのだ。


「ダグクマロ、決着をつけよう」


クロードは人型に圧縮していた全ての≪神力≫を解き放ち、その存在の有様をコントロールできる限界まで拡張させてみた。


驚いたことに≪神力≫は以前よりも心の赴くままに、自在に動かせるようになっていた。


本来のクロードの≪神力≫部分とこれまで取り込んできた神々の≪神力≫との間の一体感がより強まり、自分の心と馴染んでいる感覚があった。


クロードは、その存在を拡張させつつ、接触するダグクマロの分散させた微小の≪神力≫をひとつひとつ打ち消し、亡者たちを切り離していった。





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