第439話 亡者の念

牧神業の≪神獣分身しんじゅうぶんしん≫により生み出された神獣に組み込まれていた≪神力しんりき≫は極微量だ。


その小さな≪神力≫が消滅せずにああして漂っていられるということは、あの亡者の群れは≪神力≫を帯びていないということだ。


そうであるにもかかわらずダグクマロの≪神力≫をこの迫りくる亡者の海全体から感じるということは、おそらく全≪神力≫を散らせて、方々から続々と集まって来る負の思念のようなものの繋ぎの役割を果たさせているのだと推測できた。


ダグクマロは、この死の海のどこかに、自らの≪神核しんかく≫を巧妙に隠し、分散させた微細な≪神力≫でその位置を≪神気≫の気配から探らせないようにしているのだ。


その≪神核≫を見つけて砕きさえすれば勝負はつく。


おそらくこのまま飛び込んだとしてもクロードの≪神力≫自体に何か作用するようなものではないのだろうが、どうすべきか。


考えあぐねていると、いよいよ眼前まで死の海が迫ってきた。


創壁そうへき≫で自らを囲い、やり過ごす方法もあるがそれでは決着がつかないし、何より神造次元壁がこのダグクマロの≪御業≫に耐えうる保証もない。


クロードは意を決し、死の海に飛び込んでみることにした。


クロードが触れた部分は、恐らく古の神か何かの成れの果てと思われる部分だったが、すんなりと透過し、抵抗は無かった。


そして直に触れてみてこれらが物質でも、何らかのエネルギー体でもなく、ただの思念の塊に過ぎないということが分かった。


当然、≪神力≫も有していないし、クロードに向かって何かを仕掛けてくるというようなことも無かった。


だが、死の海の外がどうなっているのか窺い知ることができなくなり、外界からの情

報の一切を遮断されてしまった。


外からの光も、音も、気配さえも感じられない。


先ほど神獣に組み込んでいた≪神力≫がコントロール不能になったのはこのためであったろうか。


死の海の内部と外界は完全に遮断されてしまっている。


そして、すぐさまクロードの周囲には無数の亡者の念が集まり、しがみ付いてきた。


亡者たちは慟哭し、こちらに向かって何かを訴えかけているようであった。


それはもはや意味を成す言語ではなく、もっと原初の、感情の塊を直にぶつけて来るかのような、粗く、それ故に混じりけのない感情の発露であった。


誰しもにいずれ必ず訪れる死というものへの畏れ、それがもたらす苦しみ、生前への未練と後悔。


そういったものが入り混じった何かとあの黒いもやのものがクロードの≪神力≫の表面を覆っていき、やがて完全に包まれてしまった。


それらを振り払い逃れようとするが、それらは≪神力≫にではなく、クロードの心あるいは魂魄こんぱくそのものに爪を立てしがみ付いて来ているようだった。



一瞬、意識がブラックアウトし、上下左右が認識不能になった。


そして気が付くと見覚えは無いがどこか懐かしい風景が浮かんだ。


ルオ・ノタルではない、もっと進んだ文明の世界だった。


思いでは失ったが、それが何であるかの知識はある。


電柱、電線、規則正しく区画された街並みにずらっと並んだ木造の家屋。

遠くに見える緑深き山々と青い空。


あの大きな建物は学校だろうか。

広いグラウンドに何か白い線で図形が描かれている。


自分の記憶には無いがどこか懐かしさを覚える景色だった。


しかし、そう思ったのも束の間、空間が割れ、そこから再び亡者たちが溢れてきた。


「おにい……ちゃ…ん」


その亡者の群れから小柄な若い女性の、肉がまだこびりついた骸骨が体を寄せてきた。

その他にも中年ぐらいの男女の無残な骸も抱き着いてきた。


そしてそれに続いて見知らぬ人々の骸が次々と覆いかぶさってきた。


自分には妹などいない。

それにこの骸たちは何だ。


叫びたくなる気持ちを堪えながら、必死でそれらすべてを撥ね退けようとするが、体が動かない。


何が起こったというのであろうか。

≪神力≫の存在も、物質的な肉体の存在ですら感知できない。

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