第438話 死の海

後方にある≪神力≫の気配を探ると、まだオルタたち双子はその場を動かないでいた。


どうやらまだ俺を置いて撤退する決断がついていないようだ。


クロードはしみじみと双子の優しさに感謝したい気持ちになり、「ありがとう」と小さく呟いた。


そして、先ほど取り込んだばかりの≪不変≫のゴドゥバルドの権能神業の中から≪創壁そうへき≫を行使した。


クロードと双子たちを隔てるように神造次元壁を≪創壁≫し、隙間なく次元階層を分断した。


神造次元壁を多重構造化させることで、先ほどクロードが閉じ込められた箱状のものの十倍ほどの厚さにし、強度も増しておいた。


双子たちとダグクマロの双方の神力量を勘案して、容易には突破できないようにしたのである。


如何に燃費の良い≪御業≫であるといっても、これだけの面積と厚さを出現させるとなるとそれなりに≪神力≫を消耗してしまうようだ。


だが、この神造次元壁に使った≪神力≫はリサイクルが聞くようで、消失させれば回収できる仕様になっていて、あのゴドゥバルドの粘り強い妨害の理由が今、実感として理解できた。



ゴドゥバルドの権能神業の主なものは、≪大神界≫に不変であるものを無くすという二つ名に反するものであった。


万物変化ばんぶつへんげ≫。


すべてのものは変化するが、変化のみは不変であるということなのだろうか。


ザナイ・ミギチシギの≪万物流転ばんぶつるてん≫と揃うことで、≪大神界≫全体の運行と法則を確固たるものにしているようだ。


権能神業が他の神々の≪御業≫と異なるのはこの部分だ。

≪大神界≫の存続に関わる大きな権能が託されている。


おそらく、ダグクマロの≪死生≫やもう存在しないラムゼストの≪真理≫も同様の何かを司っているのかもしれない。


そのことがダグクマロの展開している≪御業≫の特性を推測するヒントになりはしないだろうか。


死生。


死ぬことと、生きること。


オルタたちが相手をしていた神々が、俺の≪神喰≫に取り込まれるまで、何度も蘇り襲い掛かってきていたことから、死、即ち消滅を防ぎ固定化させるような感じの≪御業≫を持っていることは確かだろう。

そして、その効果範囲の広さ、対象の数。


それらの性質からして、今目の前に迫ってきつつある≪御業≫とは別のものだと思われた。



そして何より、亡者の波を思わせるこの心象全体には、ダグクマロ自身の≪神力≫を感じる。

まるで細かく粒子化したダグクマロ自身が、蠢く負の思念たちの繋ぎにでもなっているかのような印象だった。


「試してみるか」


クロードはパーヌリウスから取り込んだ牧神業の≪神獣分身しんじゅうぶんしん≫を行使し、白く輝く毛並みをもつ四つ足の神獣を一体創り出し、ダグクマロの死の波に向かわせてみた。


神獣には、微量ながらクロードの≪神力≫が込められており、複数体行使しないのであれば、その個体の五感を通して、触れたものの詳細が確実に把握できる。


神獣が膨張を続けるダグクマロに触れた。


その瞬間、半生物である神獣の肉体を構成する部分が腐敗し、骨を残して溶け落ちた。


神獣を通して、その感触がクロードに伝わってきた。


苦痛は無い。

ただ、感覚があった部分が無くなっていくその過程が伝わり、恐怖を覚えた。


痛覚が働かないほどの腐敗の速度。


どうやら生物はあの群れ為す死の中では一瞬たりとも生きられないらしい。


神獣はそのまま何が起こったのかもわからない様子でダグクマロに飲み込まれていった。


肉は腐り溶け、骨は塵と化した。


では、神獣に込めたクロードの≪神力≫はどうなったのか。


≪神力≫はそのままそこに、ただ残った。


クロードのコントロールを離れた状態で。


消費されることも、破壊されることもなく、死の海の中を漂っている。







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