第436話 真理のラムゼスト

『父上は、我らがなぜこのような≪神力≫を有しているのか、理由をおたずねにはならないのですか?』


オルタが、≪死生≫のダグクマロの向かってくる方角を見上げながら、尋ねてきた。


「お前たち双子は俺の子なんだから、不思議はないだろう。もし何か秘密があるのだとしても、親子の絆に変わりは無いし、まあ、打ち明ける気になった時に話してくれればいい」


『お父様、この戦いが終わったら、必ず真相をお話しします』


ヴェーレスの中央の頭が真直ぐな視線で俺の目を見た。


「さあ、いよいよ来るぞ。気を抜くなよ」


見上げた先に小さな人影が一つ顕れたかと思うと、その人影は悠然と降りてきて、クロード達のすぐ目の前までやって来た。


漆黒の大きな六枚の羽根を背に、美しい黒髪の青年を思わせるその神は無表情のままで、敵意は今のところ、まるで感じない。


第十一天の手前で一瞬見せた怒りのようなものはとうに失せて、はた目には少し冷静さを取り戻したようだった。


『どこまで私を困らせれば気が済むのか、貴様は……』


ダグクマロはその白皙の顔に少し困惑したような表情を浮かべ、呟いた。


「俺はお前を困らせる気など毛頭なかった。お前にも為すべきことがあったように、俺にもそれがあっただけのことだ。お互いの利害が一致しなかった。ただ、それだけのことだろう」


『貴様の為すべきことだと? そのちっぽけな≪世界≫をひとつ守ることが貴様の為すべきことだとでも言うのか。その小さな≪世界≫ひとつにどれだけの価値があるというのだ。≪大神界≫全体を犠牲にし、数多の神々を弑してまで守る価値があると?』


「ダグクマロ、もうその話はやめよう。所詮、人である俺と神々の中でも頂点に君臨するお前とでは価値観が違い過ぎる。俺たちは決してわかり合えない」


『分かり合う。その発想自体がすでに私に対する冒とくであると何故気が付かないのだ。貴様はおろか、この≪大神界≫に存在するものは等しく私と対等ではありはしない。貴様らが存在していられるのは我が温情と献身の賜物なのだ。善いか、よく聞け。かつて≪始まりに四神≫の中に≪真理≫のラムゼストという神がいた。≪唯一無二の主≫が最初に創った神にして、≪大神界≫を覆う外殻を破壊し、解放するという使命を直に与えられた唯一の神であった。≪真理≫とは即ち≪神理≫。ラムゼストは≪唯一無二の主≫の代理にして、その全ての知識を有する存在であった。後にラムゼストを補完し、補佐する目的で作られた私と、≪流転≫ザナイ・ミギチシギ、≪不変≫ゴドゥバルドの三人には明かされない秘密と知識を独占していたのだ。何のために、≪大神界≫を覆う外殻を破壊しなければならないのかすら我らは知らされぬまま、ラムゼストの手足となり、今の≪大神界≫を創り上げていった。消滅のリスクを伴う外殻破壊の任務を遂行しうる力と≪唯一無二の主≫への強い崇敬の心を持った神の製造という途方もなく永き時をかけた計画の発端がこれだ。数百にも及ぶ外殻破壊の試みの中で≪大神界≫の外殻はその形を歪にし、大きく拡張していったが、破壊には至らなかった。そしてある時、信じられない裏切りが起こったのだ。次元の底と神々に信じこませていた外殻の目標地点を調査していた≪真理≫のラムゼストが外殻破壊の任務を中止すると言い出したのだ。≪唯一無二の主≫への忠誠から独断で破壊を試みる神が出ることを恐れたラムゼストは最下層次元にいた多くの子神ししんたちを殺し始め、ゴドゥバルドに各階層次元を隔てる神造次元壁を消去するように迫った。そればかりか、これだけ産み育てた子神たちやそれらが持つ≪世界≫の全てを無に帰すという考えを口にし始めたのだ。私はラムゼストに、同じ≪始まりの四神≫にだけでも、理由を説明すべきだと求めたが、ラムゼストは頑なにそれを拒否した。≪唯一無二の主≫にだけ直に話すと言ってきかなかったのだ。私はそのラムゼストの独善と傲慢に怒りを覚えた。百数十億年もの時を費やし、苦心の末に積み上げてきた≪大神界≫における事績を無に帰すなど私にはできなかった。ザナイ・ミギチシギたちと諮り、私たちはラムゼストを亡き者にした。それは、この私にとっても苦渋の決断であったがこの≪大神界≫を救うためには仕方が無かったことだったのだ。理解したか? 私があの時、英断を下していなかったなら、貴様もそのルオ・ノタルの≪世界≫も生まれてくることはなかったのだ』


「感謝して、悔い改めろとでも言うのか。お前はそのラムゼストという神を非難しているが、独善と傲慢は今のお前にも当てはまるぞ。この≪大神界≫を維持し続けたかったのであれば俺を放っておくべきだったが、お前は≪唯一無二のしゅ≫への強すぎる愛慕と俺に対する嫉妬心からか、選択を誤った」


『私が貴様ごときに嫉妬しているだと? ガイア神が創った量産品の人形ひとがたのひとつに過ぎない貴様に、この私が?』


「そうだ。ラムゼストという神を殺したのも、≪大神界≫のためなどではないのではないか。醜い嫉妬と≪唯一無二のしゅ≫への独占欲。それらがお前を道から踏み外させたのではないか」


ダグクマロの動きがはたと止まった。

そして、震える両手でその顔を覆うとそのまま動かなくなった。

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