第432話 禁忌の力

≪天空視≫を用い、ルオ・ノタルの上空を視認した上で、≪次元回廊≫を使うことができるか試みたが、この神造次元壁の箱はそれらの≪御業≫を遮断する性質も持ち合わせているようで、これは不可能だった。


爆殺神業の≪多重爆撃≫や天空神業の≪神雷≫などの大規模な≪御業≫で神造次元壁を破壊してみたが、これも脱出には至らず、ただ≪神力≫を無駄に浪費するだけだった。


それに、この神造次元壁は伸縮自在であるようだ。

大規模な破壊で一時的に周囲の空間が広くなっても、その次に現れた壁が迫ってきて再び閉じ込められてしまう。



落ち着け。


クロードは自らに言い聞かせるように呟いた。


このまま、あてもなく神造次元壁を壊し続けても、連中の思うつぼだ。



ダグクマロは、さっき「手筈通りやれ」とゴドゥバルドに命じていた。

手筈通りということは、これはかねてより準備された計画であったということであるし、そうであるならば俺が持ちうる通常の手段では脱出できない予測がたっているということである。


何か連中の予測を上回る手段がいる。


クロードは瞼を閉じ、これまでの幾多の戦いの中で培ってきた経験と記憶の中から、何かこの場所から突破しうる方法はないか思案した。



『どうした? ようやく諦める気になったか。それがいい。これ以上は互いの≪神力≫の無駄遣いだ。俺の総≪神力≫量はお前に大きく劣るが、まだしばらくお前を閉じ込めておけるだけの余力は残っている。俺の≪創壁≫は≪御業≫の中では比較的、燃費がいいんだ』


ダグクマロには頭が上がらないようだが、このゴドゥバルドという奴は、思ったよりもおしゃべりな奴のようだ。


聞かれてもいないことをペラペラと話すさまが妙にかんに障る。


ゴドゥバルドの言葉に惑わされまいと意識を集中させ、思考の海に己の意識を埋没させた。


何かないか、何か……。


この幾重にも覆われた神造次元壁の箱の全てを一瞬で吹き飛ばしてしまえるような何かがあれば、一瞬の隙をついて脱出し、ダグクマロを追っていける。




ルオ・ノタルの世界に漂流してきてから、今の今に至るまでを思い返してみて一つだけ試してみる価値がありそうな方法に行き当たった。


バ・アハル・ヒモート。


そうだ。

あのバ・アハル・ヒモートという異邦神が惹きつけられ、そして手に余していたあの力はどうだ。


≪神力≫を分解し、それを吸着して何倍にも増殖する、神ですら制御不能な禁忌の力。


あの原子魔導炉由来の疑似神力ともいうべきあのエネルギーであれば、一度身をもって体験しているから、創世神業の≪世界創世≫の力で再現可能だ。


あの時は危うくバル・タザルと共に飲み込まれかけたが、おかげで強烈な体験の記憶が今も残っている。


原子魔導炉がいかにしてあの疑似神力を生み出していたのか、その仕組みそのものはわからないが、それゆえに不思議と創ることができるという確信があった。


躊躇っている時間はない。


幸いにもこの周囲は神造次元壁に覆われており、一度その力を生み出してしまえば増幅させるための触媒には事欠かない。


コントロールする必要はなく、俺は自らの身を守りつつ外側に向かって放出してさえやれば、あとは勝手に神造次元壁に帯びた≪神力≫を糧に膨張を続けるだろう。破壊の規模が計算しにくいが、ここから遠く離れたルオ・ノタルまではおそらく及ぶことはないと考えた。


以前、この疑似神力を解き放った際に、次元壁に到達したようには思えなかったし、この触れたものの性質に染まりやすいという特性を持つこのエネルギーは、身近に接触可能な≪神力≫が存在しなくなったなら、物質界の何がしらかの元素に触れることでその元素そのものになり、やがて危険性は無くなってしまうものと考えられたからだ。



クロードは意識を集中させ、≪創世神業≫の創世の力を解き放った。


前回使った時は、既存の≪世界≫の改変のためだったが、ここからルオ・ノタルまでは離れすぎているため、この力を使うにはこの場にもう一つ新たな≪世界≫を作る必要がある。


他の≪御業≫に比べて、≪神力≫がごっそり消費してしまう感覚があるが、かつてと異なり今は膨大な量の≪神力≫を蓄えている。

短時間の使用であれば、大規模な≪御業≫による攻撃を連発するよりはかなりマシだった。


自らの目の前にルオ・ノタルとは別の新たな≪世界≫の極小の核を出現させ、その核とクロードの周囲に≪神力≫ではなく≪魔力≫の球状の障壁バリアーを張った。


その≪世界核≫を中心に周囲ごくわずかな空間の時間が停止したのを感じる。


クロードはかつてバルタザルにしたように自身の魔力塊の魔力を百倍ほどに増大させ、それと同時に障壁バリアーの外側に、原子魔導炉由来の疑似神力を思いだしながら、それを創造してみる。


自身に刻まれた体感に基づく、イマジネーションによる創造なので寸分たがわず再現できているのかは不明だが、見た感じは上手くできていると思う。


そして、≪創世力そうせいりょく≫を解除すると、≪世界核≫の周りの限定された空間の時も動き出した。


疑似神力は、クロードが予想した通り、魔力よりも≪神力≫に強く引き付けられるようだった。


外へ、外へ。


疑似神力は、神造次元壁に含まれる≪神力≫を取り込みながら増幅し続け、箱の内部を満たしていく。


≪神力≫を吸い取られた神造次元壁は、脆くなった老人の骨のように多くの空洞ができていきやがて外に向かおうとする圧力に耐えかねて崩壊し始めた。


膨張の速度は次第に加速していき、神造次元壁の箱を内部から破壊しつつ、次の壁、次の壁とその影響域を広げていく。


『……何だ? お前、何をした。この力は何だ!』


ゴドゥバルドがようやく異変に気が付いたようだ。

彼にとってもこの力は未知のものであったらしい。


先ほどまでの余裕は、もはやその≪念波≫から感じ取ることはできなかった。


ルオ・ノタルが≪神力≫の代用品として発明した≪魔力≫を元に、古代エルフ族が考案し改良を加えることで、生み出した力。


お前たち神々が人形だと嘲笑うちっぽけな存在たちが作り出した力だ。

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