第430話 主の意思

第十天に到達した後、マザ・クィナスをけしかけた張本人であるダグクマロと話し合うつもりでいた。


先ほどの話を聞くかぎり、ダグクマロもこちらと矛を交えるつもりはなく、自らの仲間に引き入れようと考えていたようだった。


デミューゴスが先走り、ザナイ・ミギチシギに襲い掛かりさえしなければ、当初の予定通り話し合いですべて解決する流れであったのかもしれない。


クロードが奇襲をかけるような形をとってまで、第九天にやって来たのは、あくまでもルオ・ノタルの世界及び第一天への不干渉を約束させるのが目的であり、譲歩しうる条件であればそれを呑むつもりでいたのだが、ここにきてその考えが揺らぎ始めていた。


このダグクマロという神は、信用できるのか。


その疑念がクロードの胸中に渦巻きはじめており、どうすべきか迷いが生じていたのだった。


約束の履行が期待できないのであれば、いっそのことダグクマロとゴドゥバルドという神も始末してしまうか。


デミューゴスの言う通り、今の≪神力しんりき≫量であれば両者を同時に相手をしても負ける気はしない。

さきほど取り込んだザナイ・ミギチシギの権能神業の性質を見る限り、これらの≪御業みわざ≫は≪大神界≫全体に一定の性質を付与することが目的で、戦闘向きではないようだし、後の二人も同様であるならば、リスクは高くはないと思われた。


残る懸念は、≪始まりの四神≫をすべて滅ぼしてしまった場合に≪唯一無二のしゅ≫の怒りを買うのではないかということだけだ。



『ディフォンよ、お前はどうだ。この愚か者のヒルコのように、我らの同胞はらからとなることを拒み、無駄に争うことを選ぶのか?』


「俺は最初からお前たちと争う気など無かった。お前がマザ・クィナスをけしかけ、俺の平穏を乱すような真似をしなければ、俺は第一天から出るなどということさえ、考えなかっただろう。ダグクマロ、逆にお前に問う。これまでのお前の行動は、≪唯一無二のしゅ≫とやらの意思か?」


クロードは内心にある危険な考えを悟られぬように平静を装いつつ、答えた。


『≪唯一無二のしゅ≫などと気安くその御名を口にするな。あの御方は我らなどにその崇高な意思をお示しにはならない。我らに≪大神界≫を取り巻く次元隔壁を打ち破るよう命じ、自らが居られる次元世界に籠られるようになってから幾百億年。我らの呼びかけには何もお示しくださらなかった。そう、ディフォンよ、貴様に興味を示されるまではな! 貴様に≪神名かむな≫をお授けになるという意思と、「神としてディフォンを迎えよ」というその言葉だけだった。我らについては何も語らず、ただその言葉だけ……』


仲間であるザナイ・ミギチシギが消滅しても顔色一つ変えることが無かったダグクマロの声色が熱を帯びる。


「なるほど、少しわかってきたことがある。つまり、この≪大神界≫の階層化や運営、そして俺への対処に至るまで≪唯一無二のしゅ≫の意思ではなく、お前たち≪始まりの四神≫、いや、もしかするとお前の独断によるものだったわけだな」


『それがどうした? 我らの為すことに何も咎めだてなさらぬと言うことは、あのお方もお認めになられているということではないか。私の意思は、あのお方の意思。私の為すことは何もかもすべてが正しい』


「なるほど、沈黙を承認と考えているわけか。じゃあ聞くが、俺がこうして道中、幾多の神々を討ち滅ぼしても何も言わないのであれば、≪唯一無二のしゅ≫の意志にかなっているということで良いんだな」


ダグクマロの貌が一層険しくなった。


「それと気になっていたんだが、≪始まりの四神≫というからには一人足りないが、もう一人はどこに行った。どこかで潜み、俺の隙でも伺っているのか?」


これは素朴な疑問であったのだが、何か彼らの立ち入られたくない心の微妙な部分に触れる内容であったようだった。


終始口を挟まず、沈黙していたゴドゥバルドの赤い金属質な顔が曇り、ダグクマロの目に憎悪がともった。


『……黙れ。ガイア神ごときに創られた人形風情がこの私にむかって……。対等にでもなったつもりか!』


ダグクマロはそういうとクロードに向かって、≪神力≫を自身の属性によるものであろう何かに変えて放ってきた。


無数の死霊を思わせる具象化されたエネルギー波がクロードに襲い掛かってきた。

多分、ダグクマロの持つ≪御業≫のうちの一つなのだろう。


そのおぞましさから、何か、触れるのは危険だと感じたクロードは、天空神業の≪神雷≫でこれを相殺した。


ダグクマロの≪死霊波≫と≪神雷≫の衝突エネルギーが爆発とスパークを引き起こし、空間が大きくひしゃげた。


『ゴドゥバルド、手筈てはず通りやれ!これは命令だ』


視界が悪く、ダグクマロたちの姿を一瞬見失ったが、その言葉から次の攻撃を予期したクロードは素早く身構えた。


そして、ふと気が付く。


自分の周囲が、四方天上天下塞がれていることに。


見渡す限り広大な星の海であったはずが、今は突如現れた白い壁のようなものに遮られてしまっている。


透明ではないが、これは確かに、神造次元壁という各次元階層間を隔てていたものと同じものだった。


これをやったのがゴドゥバルドだとすると≪大神界≫を階層世界として区切っていたのは奴の権能か。


だが、今さらこのような物に閉じ込めたところで何になるというのか。


クロードは階層次元間を突破した時と同様に、力ずくで目の前の神造次元壁を破壊し始めた。


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