第429話 流転のザナイ・ミギチシギ

『ザナイ!』


≪不変≫のゴドゥバルドが慌てた様子でデミューゴスを引きはがしにかかるが、触れた両腕の≪神力≫が対消滅をにより消失してしまう。


『ゴドゥバルド、落ち着け。ザナイ・ミギチシギはもう諦めろ。お前もガイア神とそこのディフォンの戦いを見ていたであろう。あの≪反転神力≫の性質は、我らの≪神力≫と打ち消し合う。接触は即ち対消滅を意味する』


表情一つ変えない冷静なダグクマロの警告に、ゴドゥバルドは苦悶の表情浮かべながら、慌てて距離を取る。


そのまま為す術なく、見守っているとやがて一部を削り取られたような形の≪神核≫が僅かばかりの≪神力≫を纏ったまま姿を現した。


その≪神核≫はどうやら≪流転≫のザナイ・ミギチシギのものらしい。

消滅間際のルオ・ノタルの時と同様に、神としての心象を保つことが困難であるようで徐々にその輪郭が崩れつつある。


『邪魔が入ったせいで、殺しそこねてしまったよ。だが、まあいい。どうせもう助からない。僕の憎悪と愛情の味を噛み締めたまま、少しずつ死んでいくがいい……』


傍らには力を使い果たし、元のヒルコの姿に戻ったデミューゴスが浮いていた。


『狂っている。話し合いにも応じず、このような真似をするとは。ヒルコよ、貴様、何をしたのかわかっているのか。神にとって親殺しは大罪。しかもザナイ・ミギチシギは万物の流転を司る神だぞ。≪大神界≫全体がどのような影響を受けるのか、想像もつかんのだぞ!』


ゴドゥバルドはいきり立ち、今にもデミューゴスに向かって飛びかかっていきそうな剣幕で糾弾した。


『そんな大それた力を持っていたとは知らなかったな。だが、問題ない。ほら、見ろ。この女の崩壊していく≪神核≫の向かう先を。≪流転≫の力とやらはクロード君に引き継がれる。本当は、破滅していく≪大神界≫を見てみたかった気もするが、まあ仕方ないか。この姿ではもう何もできない……』


デミューゴスの指摘通り、ザナイ・ミギチシギを形作っていた≪神力≫の粒子が少しずつ俺の方に吸い寄せられ、取り込まれていく。


『うう……あ……あ、そんな……消え……てい……く。お……などを生……、出さなければ、こんな……ことには……。災……い』


ザナイ・ミギチシギから途切れ途切れの≪念波≫が零れ、そして姿形が完全に崩壊したかと思うと、≪神喰≫の力によってその残った全てがクロードの中に流れ込んできた。


≪流転≫の力。

それはどうやら、数多く得られた権能神業の中の、≪万物流転≫の≪御業≫のことらしい。


それは己の意志に関わらず、一定の速度で複層的な≪大神界≫の中の物質界におけるすべての事象変化と時を進める権能のようだ。


その力の使い方を本能的に知るとともに、ザナイ・ミギチシギの記憶の断片が流れ込んでくる。


今まで取り込んできた神々の中で最も膨大な量の情報の奔流だった。


数十億年、いや数百億年分は蓄積されていたであろう記憶の中から、ザナイ・ミギチシギにとって特別に思っていた思い出のいくつかを、その早い流れの中で垣間見ることができた。


それは、その神が消滅するまでの間に強い執着を持っていた事柄やことさら大事に思っている思い出であることが多い。


産み出されたデミューゴスを載せた両の手のひら。


消滅させようと様々な試みをしている様子。


デミューゴスを最下層次元に捨てた時の光景。


再会して相まみえた時の、変わり果てたデミューゴス。


そして死の際、見ていたデミューゴスのヒルコとなった姿。


不思議なことに、無数とも思えるザナイ・ミギチシギの記憶の断片群の中で、クロードが見せられたのは全てデミューゴスに関する思い出だけだった。



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