第427話 心の貌

第十天があったであろう方向から、近付いてくる三柱の神の姿にクロードは警戒を強めるとともに、ついにここまで来たのだという感慨を感じずにはいられなかった。


最下層次元にあるルオ・ノタルの世界から、故郷があったという第八天を抜け、ここまでやって来た。


途中、おのが力を再上位次元神たちと伍するため、数多の神々を討ち滅ぼし、この身に取り込んできたが、罪悪感がまるで無かったわけではない。

自分が≪大神界≫を遡行したことで、第八天を始めとして、多くの生命が犠牲になる結果を招いてしまったし、神々の中には自分に対する明確な敵意を持たぬ者もいたからだ。


それでも愛する人々とルオ・ノタルを守るためには必要なことだったと今でも考えている。



漆黒の六つの翼を背にした神を中心に赤く猛々しい神と青い清廉な女神がそれに付き従っているような配置で悠然とクロード達のすぐそばまで降りてきた。


『人の子よ。大いなる大罪人よ。≪大神界≫を揺るがし、多くの神々をしいし喰らった怪物よ。ディフォンという≪神名かむな≫を授かった恩も忘れ、我らに反旗を翻した汝の罪は重い』


中央に位置する六翼の神が口を開いた。

マザ・クィナスの記憶の断片によれば、美しい黒髪の青年の姿をしたこの神が、第十天ダグクマロだろう。


その若そうな見た目に反して、その全身からは威厳と風格が漂っており、その端麗な顔立ちからは如何なる感情も窺い知ることはできない。


「俺がこの≪大神界≫における咎人とがびとであろうことは自覚しているつもりだ。だが、なぜ俺を放っておいてくれなかった? あの最下層次元にあるルオ・ノタルの世界で普通の人間として暮らすのが俺の望みだった。このような場所にまでやってくるなど、俺の本意ではなかったんだ」


『それだ、人の子よ。お前のその望みが、我ら神には不気味に映った。≪神力≫を得て、神々の端に連なった者が無為に日々を過ごすなど有り得ぬこと。そして、お前からは≪唯一無二のしゅ≫への愛が感じられなかった。お前の愛と忠誠は天上には向いていない。我らと同等の力を有しながら、土くれに等しい者どもにのみ愛情を注ぐお前にいつしか疑念が募っていったのだ。≪大神界≫の底に潜み、同胞であるはずの≪漂流神≫を喰らいながら力を増大させてゆく怪物。その怪物がいつしか我らに反旗を翻し、全てを滅ぼすのではないかとな。そして、事実、お前はこの惨状を生み出した』


第十天ダグクマロの無機質にも思える≪念話≫が静寂の宇宙空間に響き渡る。


『そうじゃないだろう』


デミューゴスが突然口を開いた。


『ガイア神たちを取り込んだ僕にはわかる。お前たちを動かしたのは恐れではない。妬み、嫉み。醜い嫉妬の心だ。知っているぞ。≪大神界≫に自ら閉じこもり、永らく言葉を発することが無くなっていた≪唯一無二のしゅ≫が興味を示し、≪神名かむな≫まで授けるに至ったその経緯で、主の寵愛が新しき神ディフォンにのみ注がれるのを予感したのだろう』


『黙れ!この汚らわしくもおぞましい痴れ者め』


傍らにいた碧い髪、清らかな水の流れを思わせる色の神衣を身にまとった女神がデミューゴスを一喝した。

その深い森の奥の泉の様な静けさを体現したような神秘的で静謐せいひつそうな佇まいからは想像もできないような驚くべき怒りの発露だった。


『ようやく声が聞けたね。愛しい、愛しいお母様……』


デミューゴスはその女神の方を、芝居がかった様子で向き直ると恭しく礼をした。


狂気とも思える執念で気が遠くなるような年月を探し求めていた相手を目の当たりにした彼の心に去来していたのは喜悦か、憤怒か、それとも母への思慕の心であったのか。

今の姿は目も口も鼻もない反転した≪神力≫の塊であったから、その表情は伺い知ることはできなかった。

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