第422話 虚無の涅槃

神核しんかく≫を守る最初の隔壁を破壊されて、ようやくガイア神は己が劣勢にあることに気が付いたようだった。


ガイア神の顔にあった余裕のようなものが消え、焦りの表情が浮かぶ。


ガイア神は自らに結合させた他の神々の≪神力しんりき≫のすべてを使いこなせておらず、手数の差でクロードの後塵を拝することになったのであった。


自らが感知できていない他の神の≪神力≫部分からの攻勢に気が付いたものの、そちらに対処する術もなく、あっさりとすべての隔壁が突破されてしまった。


だが、クロードの攻撃がガイア神の≪神核≫に届こうかというその瞬間、思わぬ異変が起きた。


結合した七つの≪神核≫を覆う黒い何かが溢れ出し、クロードの攻撃のための≪神力≫と打ち消し合ったのだ。


黒いもやのような何かと触れ合った部分のクロードの≪神力≫は完全に消えて無くなってしまっていた。


≪神力≫と対消滅する謎のエネルギーの存在にクロードは戦慄した。


そして触れた瞬間、クロードの中にある種の思念とも感情ともつかないようなものが流れ込んできて、それが一層危機感を掻き立てられた。


言語ではなかった。


幾万、幾億。

いやもっとかもしれない。

無数とも思えるような膨大な数の負の感情。


怒り、嘆き、後悔、恐れ、憎しみ、そして絶望……。


それらが入り混じり呪詛のようなものとなって、クロードの心を一瞬、脅かしたのだった。



クロードは慌てて自らの≪神力≫を引っ込め、ガイア神から半ば強引に離脱した。


「おお、どうしたことだ。これはなんだ。儂の≪神力≫に何が起きたというのだ。属性が変異……いや、これは反転か。正が負となり、反粒子化している。≪神力≫にこのような面が存在するとは……」


ガイア神にとってもこの事態は予測していなかったようで酷く狼狽していた。


「≪合神≫、≪合神≫の欠陥か。新たに考案した秘術ゆえ、十分な治験は行ってはいないが、このような事態を引き起こす可能性など無かったはずだ。そして、この……、身の内から湧いてくるような破壊衝動とどす黒い感情は何だ?」


ガイア神は苦悶の表情を浮かべ、うわ言のように何かつぶやき始めた。


「……覆る。全てが……」


その言葉を最後にガイア神を構成する全≪神力≫が黒く染まり始め、先ほどまで≪神核≫を覆っていた謎のエネルギーそのものに変性していく。


クロードはその場を離れたい気持ちを抑えつつ、事の成り行きを見守った。


この得体の知れないエネルギーの塊の危険性が推し量れず、このまま置き去りにしてもいいものか判断がつかなかったからである。


黒い靄のような謎のエネルギー塊は、周囲を漂う隕石などを消滅させながら、やがて一定の大きさにまで膨張すると人型になった。


人型といっても、目や口、鼻があるわけではない。

かろうじて頭部や手足の位置がわかる程度だ。


だが、こうして特定の形をとっているということは、制御が効いているということであり、その一点は考えうる最悪を免れたことを意味した。


どうやらこのガイア神たちの≪結合神核≫を覆い、隔壁内に満ちていたこの謎のエネルギーは、物質であろうと≪神力≫であろうと触れた全てのものを消滅させる性質を持っているらしかった。


このエネルギーが無限の膨張を続けたなら、この広大な≪大神界≫の全てを無に帰す可能性もあるのではないかと、クロードの脳裏にはよぎっていたのだ。


『≪神名かむな≫は確か……、ディフォンであったか』


禍々しい負の性質を持つ人型が≪念波≫を発してきた。


「ガイア神なのか?」


『さあ、どうなのであろうな。記憶はあるが儂にはもはや自分が何者であるか断言できぬ。お前に対する憎悪も更なる昇神への野心も失せた。≪唯一無二の主≫への思いもすべて。儂の中にあるのは、全てを無に帰さしめ、己も無に帰るのだという意思のみ。ディフォンよ、お前も儂と共に行こう。不安も苦しみもない、我執がしゅうからさえ解き放たれた虚無の涅槃ねはんに……』



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