第415話 自らの一部

エナ・キドゥとの別れ際、何か家族に伝えたいことはないかと聞かれた。


だがクロードは、短く「無いよ」とだけ答えた。


伝えたいことは生きて戻って、自分の口で伝える。


なにせ単身、神々が待ち構える未知の上位階層次元に乗り込んでいくという無謀だ。

目的を果たせずに、討ち滅ぼされてしまうことも当然あり得ることだとは思う。


だが、もし伝言を頼んでしまったら、断固たる決意に揺らぎが生じてしまうのではないかとそれを恐れたのだ。


伝言はただの言葉ではなく、自らの一部だ。

その自分の一部がルオ・ノタルで待つ家族に届けられたなら、それはもう帰還の目的を部分的に果たしたようなもので不退転の気持ちを保てなくなってしまうに違いない。


第十天ダグクマロのところまで到達できなかったとしても、引き返す考えはもうすでになかった。



連中が脅威に考えているのは自分ただ一人なので、もし自分が消滅したなら、わざわざ第一天を無に帰すような手間のかかることはしないのではないかとクロードは予測を立てた。


その読み通りになったなら、少なくともシルヴィア達がいるルオ・ノタルだけは難を逃れることができる。


うちの双子たちは≪神力≫を宿しているらしいし、エナ・キドゥだっている。

自分が消えて戻れなくなっても、あとは彼らが何とかなるだろう。




「だが、必ず失敗すると決めつけたものでもない。お前たちに滅ぼされる気がまるでしないぞ!」


クロードは自分を鼓舞するかのようにそう叫ぶと頭上に布陣した白い翼人たちの方に駆け昇った。


近付くほどに白い翼人たちの姿の細部がわかってきた。


皆同じ顔、同じ体型。


辛うじてどれが目でどれが鼻かわかるが、その造形は抽象的で作り物のようだった。

身に宿す≪神力≫の大きさも同一で個体差はまるでない。


『止まれ! 反逆者ディフォン。ここから先に通すわけにはゆかぬ。我は第二天首座トラマーユ……』


止まれと言われて、素直に止まる気は無かった。

もうお前たちと話し合う余地も意味も存在しないのだ。


クロードは自ら白く輝く翼人たちの群れに飛び込み、≪念波≫で呼びかけてきた個体を≪戦刃創製≫による≪神輝の剣≫で切り裂いた。


『おのれ、何という野蛮な!』


群れ為す全ての個体から一斉に怒気が噴き出した。


それはまるで巣を壊された蜂のように連携を取りつつ周囲を取り囲み、死角を狙いつつ連続で攻撃を仕掛けてきた。


自分が犠牲になることを厭わず、しがみ付き、その自分ごと白光する槍で突き刺させようとしてくる。


自己犠牲を前提とした異様なチームワーク。


なるほど、こいつらは牧神パーヌリウスの神獣とは性質が違う存在のようだ。


それよりはどちらかというと魔将マヌードや超個体ちょうこたいの野生生物に近い。


こいつらは一体一体がトラマーユとかいう神であり、群れ全体で一つの神なのだ。


トラマーユたちが持つ槍は一本一本は大した威力は無い。


この槍の目的は≪神力≫との対消滅だ。


槍には特殊な効果が付与されていて、接触すると一定量の≪神力≫と相殺されるといった現象が起こる。


相手の≪神核≫を損傷させるのが目的ではなく、あくまでこちらの≪神力≫自体を消耗させようという狙いに思えた。


「それなら、これでどうだ」


クロードは人の姿の維持をやめ、初めて≪神力≫の存在に気が付いた時同様に膨張しようとする≪神力≫の性質に任せ、その全身を拡大させていった。


≪神力≫の密度が低下してしまうが、それでも個々のトラマーユたちを凌駕できる強さを保てるぎりぎりの大きさまでなら問題ない。


ちょっとした惑星ぐらいなら包み込んでしまえるほどの巨大なアメーバーのような形状になり、トラマーユたちを絡めとっていく。


大掛かりな≪御業≫で一掃することも考えたがそうなると、自らの力も消耗してしまい、≪神喰≫で吸収した時の旨みが減ってしまう。


「悪いがお前たちの力を一人残らず頂くぞ」


トラマーユたちはまるで鳥もちに引っかかった小鳥や昆虫などのように逃げ出すこともできず膨張したクロードの≪神力≫に圧殺され、擦りつぶされていく。


ようやく「逃げる」という統一的意思に至ったのか、その場を離れようとしたが、すでに遅かった。


クロードはその体を触手のように伸ばし、一匹残さず捕らえ、喰らった。


手段を択ばぬ自分自身の無慈悲さと喰らう相手に対して一切の同情もわかぬ心。


数多くの神たちを自分の身の内に取り込み続けて、俺は変わったか?

喰らっていたつもりが、喰われていたのは自分であったなどということはないだろうか。


もはや自分が醜悪な怪物にでもなってしまったかのような錯覚と恐ろしさを覚えたが、それを上回る高揚感と湧き上がる更なる≪神力≫の万能感に酔った。

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