第412話 第十天ダグクマロの発令

『付き合いきれん。儂は退散する』


そう言って、上空に舞い上がっていったのは下半身が竜巻のような形状をした神だった。


しかし、上がっていったのも束の間、第二天への入り口は開くことなく、無理に突破しようとしたその神に待っていたのは雷光のような戒めの一撃であった。


以前、クロードも触れた光の網のようなものにどうやら触れてしまったようだ。


先ほどの複合的な≪御業≫で力を使い切っていたその神には酷く堪えたようで、全身を痙攣させたまま息も絶え絶えの状態で戻ってきた。


『第二天への入り口を開けよ。これは第四天の首座たるマザ・クィナスの命令だぞ。第二天の管理司たちよ、命令が聞けないのか』


マザ・クィナスは第一天と第二天を隔てる次元境の方に向かって声を荒げた。


『第一天は、第十層管轄特別監察対象者01ディフォンの≪神力≫増大を受け、次元震動発生のリスクの観点とディフォンの第二天への侵入を防ぐ目的から次元的に完全封鎖されました。以後は次元間の移動は如何なる権限においても許可されません。発令権限者は第十天ダグクマロ様です』


何の感情も感じ取ることができない事務的かつ無機質な≪念波≫が辺りに響き渡った。


どうやら上位の次元神たちはよほど俺に第二天より先に来られたくないらしい。


『ふざけるな! 私はそのダグクマロ様の命でここに来ているんだ。早く通行許可をだせ。このままでは、この化け物に更なる力を与えることになるんだぞ。どうなっても知らんぞ。私は、第四天の首座だぞ』


それ以降は何度呼び掛けても返答は無かった。

マザ・クィナスたちの力無い声が虚無の宙に虚しく響くばかりであった。



もし、神獣たちをルオ・ノタルにけしかけるような真似をしていなければ、マザ・クィナスたちを見逃すという選択肢もあった。

だが、今なおルオ・ノタルの世界で暴れているであろう神獣たちを止めるためにも、そして標的であった自分以外の者たちを巻き込んだ彼らへの復讐心からも許すわけにはいかなかった。


ここから先は一方的な殺戮となってしまった。


神々にとって保有する≪神力≫の大きさは、即ちパワーであり、スピードでもある。


膨大な≪神力≫を等身大の人間の姿に凝縮したクロードとの圧倒的速度差により、方々に逃げ惑ったことも意味をなさず、瞬く間に打ち滅ぼされ、そして吸収されてしまった。


マザ・クィナスたちの命乞いには一言も返さず、会話をしないように努めた。

急いでいたこともあったが情にほだされないようにするためだった。




≪神力≫の粒子となり、取り込まれていく彼らの残留思念と記憶の残渣からいくつかわかったことがあった。


それは引きちぎられた映画のフィルムのように断片的な情景の奔流であり、映し出される場面はあくまでもランダムで選ぶことはできない。


まずはパーヌリウスについてだが、彼はガイア神を父に持ち、ルオ・ノタルとは兄妹神の関係にあったようだ。

二人の仲睦まじい様子が、メモリーの断片としてクロードの脳裏にたくさん浮かんでは消えていった。

自分は一人っ子で、妹はいなかったはずだが妹のルオ・ノタルの面倒を見るパーヌリウスの姿にどこか懐かしさのようなものを覚えた。


そして、あの初対面時の態度や憎しみのこもった視線の理由が理解できた。

愛する妹神のルオ・ノタルが遺した≪世界≫を我が物のように言う俺が不快だったようだし、何より妹神の消滅の原因を作った張本人だとみなされていたようだ。


マザ・クィナスからは後悔と無念さを強く感じた。

彼の心に何より強く存在していたのは、より高位の次元神になるのだという向上心と≪唯一無二のしゅ≫、そしてその直属の第十天ダグクマロへの敬慕だった。


第十天ダグクマロの言葉を≪唯一無二のしゅ≫の言葉であると信じ、それに妄信していた。


第十天ダグクマロついては一瞬、その姿らしきものが映ったが背に漆黒の六翼があったほかは光に遮られ、顔までははっきりと見えなかった。

どうやら、二人は階位の差からか≪念話≫のみによるコミュニケーションがほとんどで、それほど近しい存在ではなかったようだ。


見ることができる記憶の断片はほんの一部で、選ぶことはできないが、それでも少しは事態の把握に役立った。



取り込んだ神々の記憶の断片を垣間見る時、いつも思うことがある。


神というものは、決して万能ではなく、むしろ人間にとても似た不完全な存在であるような気がする。


欲深く、感情豊かで、どこか欠落している。

出会う神々全てに個性があり、そのどれ一つとして完全に同じでないのはまるで人間のようであるし、子孫を増やそうとするあたりはまさしく生物そのものだ。


この≪大神界≫に住まう神々は、その万能に見える力と不完全な永遠性によって、物質界にこそ優越しているように見えはするが、実はただ単にエネルギー生命体のようなものであって、それほど遠い存在ではないのではないかと。





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