第411話 マザ・クィナスの目論見
『
マザ・クィナスは頭髪のない頭に幾筋も血管を浮かべて吠えた。
確かにあの数の神獣に各地に散られてはさすがのエナ・キドゥも被害をゼロにするのは難しいかもしれない。
シルヴィア達の安否も気になって仕方なかった。
だが、自ら追っていくことで主戦場をルオ・ノタルの世界に近づけては戦いの余波による被害が増すことは確実であるし、そうであるならば一刻もはやくマザ・クィナスたちを撃退して戻るのが、現状の最適解か。
「そんな挑発をしても、お前たちの寿命が短くなるだけのことだ」
クロードは、戦神バランの≪御業≫だった≪戦刃創製≫で高密度の≪神力≫のみでできた剣をその手に生み出した。
これだけの数の神獣相手に≪神力≫による火を使っていては、効率が悪い。
微量の≪神力≫しか込められていない神獣に、その何倍もの消費量の炎を放っていては一掃する前にジリ貧になってしまう恐れがあった。
おそらくだが、それが向こうのねらい目であろうし、それに気が付いていながら付き合ってやるほどお人よしではない。
≪戦刃創製≫による≪神輝の剣≫は、生み出すのにそれなりの≪神力≫を消費したが、クロードにとってかなり満足がいく出来であった。
自らの一部から創り出しただけあって手に馴染む。
正に自分の一部のように感じられた。
クロードはその≪神輝の剣≫を手に牧神パーヌリウスを一直線に目指した。
まずはあいつを仕留め、神獣たちの制御を失わせる。
上手く行けば、パーヌリウスの死と同時に神獣たちも消滅するかもしれない。
『神獣たちよ。俺を守れ。そいつを俺に近づけるな!』
パーヌリウスの指示で、神獣たちの動きが変わった。
クロードを取り囲み、死角を突くような感じで連携攻撃を仕掛けていたのが、なりふり構わぬ感じでパーヌリウスまでの行く手を阻み、背後から必死で追いすがって来るようになった。
クロードは神として目覚める前から、修練を重ねてきた剣技を生かし、迫りくる神獣たちを次々仕留め続けていたが一頭、また一頭と噛みつかれ、やがて神獣たちに一瞬の事ではあったが身動きを封じられてしまった。
噛みつきによるダメージはほぼ皆無であった。
だが、マザ・クィナスたちにとっては絶好の好機になったようである。
パーヌリウスと神獣たちに気を取られている間に、マザ・クィナスと四柱の神々は、かなり大がかりな≪御業≫の発動のための準備をしていたようだ。
周囲の空間が歪み、大量の≪神力≫がクロードの全周囲を包囲していた。
『でかしたぞ、パーヌリウス!今だ、我らの結集した力を、≪
マザ・クィナスの掛け声とともにクロードを中心とした球形の巨大な障壁が現れ、かなりの数の神獣諸共、閉じ込められてしまった。
次の瞬間、閃光がほとばしり、球形の障壁内に体験したことのない超高熱の爆発が連続で起こった。
爆発の中に複数のエレメントを感じた。
光、熱、炎、風。
なるほど、≪御業≫というのはこうして組み合わせたりすることもできるのか。
俺を下回る個々の≪神力≫であっても、合算させることで、本来であれば到達できない≪神核≫にまで攻撃を届かせようというのだな。
クロードの周囲にいた神獣たちは、物質的な肉体に≪神力≫を宿していたいわば半生物に過ぎなかったため、一瞬で蒸発してしまったが、超高熱という状態は物質的な肉体を持たないクロードにとってはあくまでも、押し寄せてくる相手の≪御業≫が有する性質の情報に過ぎない。
生身の≪神力≫と≪神力≫の衝突こそが神々の戦いの本質であり、≪御業≫を用いた戦いというのはあくまでも弱者が強者に抵抗しうる苦肉の策である。
≪神力≫の小ささを≪御業≫の持つ特有の効果によって補うことができるのは、あくまでもその属性と相手の持つ属性とが相克、あるいは相違する場合のみで、火神オグンを始めとするいくつかの熱を好む神々や太陽神としての側面も持つ天空神ロサリアを取り込んでいるクロードには、超高熱を伴った爆発というのは決して攻撃の形態としては有効なものではなかったのである。
では、一体どのような形態の攻撃が有効であったのかといえば、その答えは難しい。
クロード以外の神々は皆それぞれ固有の限定的な
だが≪亜神同化≫や≪神喰≫によって多種多様な神々を取り込んできたクロードは、それらの神々の属性を全て持ち合わせ、状況により使い分けることができるため、弱点と呼べるような属性はもはやないと言っても過言ではなかったのである。
マザ・クィナスたちの複合的な≪御業≫は、大きく三つの段階的変化を起こした。
最初は眩い閃光を伴った超高熱と多重爆発。
それを凌ぎきった後は、障壁内を満たす激しい炎による燃焼。
そして最後は荒れ狂う風と真空の刃による攻撃という念の入れようであった。
これらは≪神力≫により引き起こされた現象であり、自然の法則によるものではない。
神々の戦いは、表の物理世界とは異なる言わば裏の
例えば、≪神力≫により生み出された炎はその形と類似した性質を持ってはいるものの物質界の炎とは全く異なり、その本質は炎そのものではなく、炎の形を取った≪神力≫なのである。
それと同様に球形の障壁内で連続発生したこれらの現象は、形を変えた≪神力≫であり、≪御業≫であったので、相反する属性の神であればその場に存在していることさえ困難な、過酷すぎる空間と化していたのである。
『どうだ。やったか?』
マザ・クィナスのどこか嬉しそうな声が聞こえてきた。
だが、それは一瞬のことであった。
球形の障壁が消え、多くの神獣たちが焼失したことによって発生したであろう煙と濁ったガスが晴れて、見通しが良くなってくるとそれは絶望の響きに変わった。
『む、無傷……』
『馬鹿な……、我らの渾身の≪御業≫が……』
マザ・クィナスたちは青ざめた顔で呆然とこちらを見ていた。
今の大掛かりな攻撃でかなりの≪神力≫を使い果たしてしまったらしく、その姿は先ほどまでと比べると随分と頼りなげな印象になってしまったように感じた。
一方のクロードはほぼ無傷であった。
クロードがやったことといえば、火と風を
≪神力≫の属性を巧みに切り替え、≪神力≫同士の正面衝突を避け、やり過ごしたのである。
様々な属性を持つ≪漂流神≫たちと戦い続けてきた経験から、同じ属性を持つ神同士では≪御業≫による攻撃はあまり有効ではなく、そうなると剝き出しの≪神力≫を相手の≪神核≫にぶつけるやり方でしか決着しないことをクロードはその身で理解していたのだ。
本来は一つしか固有の属性を持てないというのが、彼らの常識であり、クロードのように複数の属性を自由自在に使い分けることができるという発想自体が無かったのであろう。
力を合わせた合体技の≪御業≫により上回った≪神力≫で、クロードを倒す目論見であったようだが、見事に当てが外れてしまったようだ。
マザ・クィナスらの顔は、驚愕と絶望に満ちていた。
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