第410話 交渉の決裂

マザ・クィナスの様子は、もはや当初の面影もなく、威厳も聖人を思わせる温和な上っ面の表情も掻き消えてしまったかのようだった。


マザ・クィナスの瞳に宿るのはクロードへの敵意と憎悪、もはやそれだけであった。


『交渉は決裂だ。牧神パーヌリウスよ。神獣たちの一部をルオ・ノタルに向かわせろ。奴の力の源になっている信者たちを殺せ。少しでも力を削ぐのだ。我らは裏切り者のエナ・キドゥともども、ここでディフォンを討つ」


『首座、心得ました』


パーヌリウスはそう言うと狼のはく製のようなものを被った形状の頭部を振り、神獣たちに向かって何かけしかけた。


神獣たちが一斉に動き出し、七柱の神々もそれぞれの≪神様態しんようたい≫を取る。


「ディフォン、こうなったらわたしもお前と共に戦うよ。もはや≪大神界≫にわたしの居場所はない。一度消滅から救ってもらったこの存在の全てを君を守るために使わせてもらう。それがせめてもの恩返しだ」


エナ・キドゥの姿が見る見るうちに変わっていった。

彼女の身体がどんどん巨大化していったかと思うと、両の足がそれぞれ二匹の大蛇となり、背中には鳥の翼のような形の光が顕現した。


どうやらこれが彼女の≪神様態しんようたい≫であるらしい。


エナ・キドゥの両足であった大蛇たちはそれぞれ迫りくる神獣たちを食いちぎり、蹴散らして接近を許さない。


クロードの方にも神獣たちは殺到してきたが、それを≪神力≫で創った火炎で焼き滅ぼしていく。


神獣たちは、ごく僅かずつではあるが、どれも牧神パーヌリウスと同一の神力を微量に宿していた。

倒すごとに少しずつ自分に取り込まれていくので、性質がはっきりとわかる。

おそらくだが、これらの神獣を生みだし、使役するのが牧神パーヌリウスの能力であり、これらを全て止めるには使役者である奴自身を討たなければならない。


だがおびただしい数の神獣に視界を乱され、パーヌリウスはおろか他の神々の姿も把握しにくい。


大技を繰り出そうにもエナ・キドゥを巻き込んでしまいかねないし、何か手を打たなければ……。



「エナ! 頼みがある。ここは俺一人で十分だ。もし恩返ししてくれる気があるなら、ルオ・ノタルを守ってほしい。見ろ、あの白い獣たちの内の数十頭が向かっていく先はルオ・ノタルだ。頼む、双子たちを、そしてあの青く美しい世界を守ってくれ」


クロードの必死の呼び掛けが届いたのか、応えは無かったがエナ・キドゥは自身に食らいつく神獣たちをそのままに、ルオ・ノタルの方に移動を始めた。


『そうはさせぬぞ』


光る全身甲冑のような姿の神がエナ・キドゥを追うのが見えた。


クロードはそれを上回る速度でその光る全身甲冑の背に追いすがり、白い神の火の塊と化した右腕でその胴を突き刺した。


超高熱で焼きつつ、圧縮した≪神力≫を相手の≪神核≫の隔壁に叩きつける。


『ぐぬぅ、なんということだ。我が甲冑がまるで無いかのように容易く。ああ、焼ける。我が≪神核≫が燃え尽きる……』


騎士を思わせる全身甲冑のような姿の神はその言葉の後、≪神力≫の粒子となり、クロードの全身に取り込まれていった。


≪漂流神≫とは比べ物にならない量の≪神力≫だった。

自分という存在の中心から更なる力が溢れてくる。


こいつの≪御業≫は騎神業か。

どうやら、≪神力≫で武器や防具を生みだし、戦うのが得意だったようだ。

戦神バランが武器特化であったことに比べると、こいつは防具の方に偏っている感じだ。


さっそくそれを使ってみる。


クロードの身体に高密度化し強度を増した≪神力≫の鎧が現われる。


相手の≪神力≫による攻撃を受けた際に防御を意識しなくていい部位ができるのはありがたいが、全身鎧ではその機動性の低下や視界の制限があるため、覆う範囲は最低限で良い。

面頬や兜も不要だ。



『話には聞いていたが、何とおぞましい……』

『いや、これほどまでに手に負えぬ力を有しているとは聞いてないぞ』

『神を殺して、自分の一部にしてしまった』

『第三天の神を、一瞬で』


神獣たちの動きが止まり、連れられてきた残り六柱の神々の激しい動揺が伝わって来た。


「お前たち、神を名乗っている割には頭が悪いんだな。俺より弱い神を何匹連れてきても俺の≪神力≫を増大させる餌にしかなっていないぞ」

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