第409話 神々の危惧

エナ・キドゥの話によれば、このルオ・ノタルに≪漂流神≫がやってこなくなったことも上位次元神たちのはかりごとであったらしい。


上位次元神たちはクロードの≪神力≫の増加を防ぐため、第一天への新しき神の派遣と、第二天以上の神同士の争いを禁じていたようだ。


競争から脱落した神が、クロードのいわば餌になってしまうと考えたのだ。


本来であれば、≪唯一無二の主≫がいるという第十一天に少しでも近づくために、功績をあげ、自らの勢力神を増やしたいと考えている上位次元神たちであったが、クロードことディフォンの脅威が解決するまでの間、その活動を自粛するという協定を結んだのだという。



「第一天の天体の運行を止めているのはマザ・クィナスの≪御業みわざ≫だ。彼は第四天の首座として、それ以下の階層次元の天体の管理を一手に任されているんだけど、その力を使って、この第一天にある全ての生命とその信仰を必要とする神たちを滅ぼす考えなんだ。第一天を一度無に帰し、最初から仕切り直す。これはもう他の上位次元神たちも了承してしまったことだよ」


「随分と上位次元神たちは薄情なんだな。自分たちの子である神がまだこの第一天の他の≪世界≫にはいるんだろう」


クロードは青く美しいルオ・ノタルの世界を見下ろせる宇宙空間から、周囲を見渡す。


あてもなく彷徨う無数の岩石の塊だけではなく、遠く離れた場所にはまだたくさんの星々が見えた。


そのほとんどは生命の住まぬ死の星なのであろうが、中には創世神も生命もまだ無事な星がある。


遠く離れてはいるが、その創世神たちの≪神力≫がいくつか感じられる。


「私たち、子神ししんはあくまでも枝葉さ。自分の祖神おやがみしゅがおられる第十一天に押し上げるために生まれて来るんだ。だから、その祖神おやがみに不必要とされることを何よりも恐れる」


エナ・キドゥの瞳には諦観にも似た何かの感情が宿っていた。

その事を悲しんでいるわけでも、憤っているわけでもない。

それが当然のことと受け入れているのがわかる。



『そのことがわかっていながら、なお反旗を翻すとはやはり完全に≪堕落≫してしまったのだな。エナ・キドゥよ。誑かされ、主への愛を見失った。祖神おやがみをさらに遡れば、同じ始まりの四神の末たる我らの使命を忘れ、私情に走りたるそなたの罪は重い。愚かなる裏切り者よ。貴き方々の決により、貴様は滅神めっしんされることに決まったぞ』


何もないただの宇宙空間のように見える第二天と第一天の境の一部が大きく割れ、まばゆい光が溢れ出すのと同時に聞き覚えのある声が響いてきた。


マザ・クィナスの声だった。


やがて光が止むと、マザ・クィナスと七柱ななはしらの神。

そしておびただしい数の白く光る獣の群れが姿を現した。


七柱の神の中には、以前会ったパーヌリウスとかいう奴もいた。


「マザ・クィナス様、わたしの事はもういい。でも、ディフォンとこの第一天を滅ぼすのはどうかやめてください。彼らに一体、何の罪があるのでしょう。ディフォンに対する恐れと自らの保身によって、あなた方は大きな過ちを犯そうとしているのではないですか」


『保身……だと』


柔和そうに見えたマザ・クィナスの表情に険が現れ、怒りの波動が伝わって来た。


「はい、あなた方はディフォンを恐れ、そして羨み、そして妬んでいる。同じ神より生まれしわたしにはわかる。永き時、沈黙されていた≪唯一無二の主≫が、直に≪神名≫をつけられ、関心を示された。ディフォンに≪唯一無二の主≫の寵愛を独占されること、そしてとってかわられることを恐れているのだ」


エナ・キドゥの言葉にマザ・クィナスだけでなく、彼が引き連れてきた者たちの敵意と憎悪が膨れ上がるのを感じた。


その感情のエネルギーはすさまじく、≪危険察知≫のスキルに寄らなくても明らかに自分たちに向けられているものだとわかる。


『馬鹿なことを。貴様の処分はともかく、私はそこのディフォンとは話し合いに来たのだ。平和的な解決。それが私の望みだ』


マザ・クィナスは何か汚らわしいものでも見るかのような視線をエナ・キドゥに向けた後、クロードに視線を落とした。


『ディフォンよ。私は何もお前と矛を交えに来たわけではないぞ。私の要求通りにするのであれば、すぐにも引き上げるつもりだ。天体の運行停止も解除しても良い』


マザ・クィナスはひきつった笑いを浮かべた。

本人は気が付いているかわからないが、その声の調子に微かな揺らぎがあった。


「要求とは何だ。俺は何をすればいい?」


『難しいことを要求するわけではない。当初の選択肢の履行を直ちに行ってくれればそれでよいのだ。忘れたわけではあるまい。この第一天の底を開くという話になっていただろう』


「ディフォン、ダメだ。聞いてはダメだよ。新たな次元階層を開くなんてことは最初からできっこないんだ。それに成功しても失敗してもこの第一天はその余波で深刻な影響を受けてしまう。君だってただでは済まないだろうし、ルオ・ノタルの世界は壊滅してしまうだろう。彼らの狙いは君の自滅だ」


『黙れ、この背信者めが!』


マザ・クィナスはもはや表情を取り繕うことも忘れたようだった。

凄まじい形相で、エナ・キドゥに向け、まるで太陽の光を凝縮したような光線を放った。


だがその攻撃はエナ・キドゥのもとに届くことはなかった。


クロードがエナ・キドゥの前に立ちはだかり、その光線を弾き飛ばしたのだ。


マザ・クィナスの光線はそのまま、群れ為す白く光る獣の方に飛んでいき、そのいくつかを焼き殺した。


「マザ・クィナス、悪いがお前の要求は呑めない。この第一天にある全ての命と引き換えにしてまで、新たな次元階層を開く価値など本当にあるのか? 」


五月蠅うるさい。貴様のような土くれに等しい哀れな肉人形から神になった者にはわからんのだ。≪唯一無二の主≫の言葉はすべてに優先する。新たな第十二番目の階層次元を拓くことがどれほど崇高な使命か』


「もし、お前たちが心の底からそれを成し遂げたいと考えるなら、なぜお前たち自らそれを行わない?」


『我らとてただ手をこまねいていたわけではない。かつては≪始まりの四神≫と呼ばれる神々のうちの一柱が≪大神界≫全体への悪影響を覚悟の上で、第一天の底を開くべく挑んだことがあった。だが、我らを圧倒的に凌駕するその力をもってしても不可能だったのだ。その神は自らが放った≪神力≫が属性を違えて逆流してきて、≪神核≫ごと跡形も残らず消滅させられてしまったのだ。十二番目の次元階層と第一天を隔てる隔壁には、これまでの次元壁とは異なる何か不思議な性質がある。≪神力≫の大きさだけではない、何か他の条件があるのではないかとその後も多くの神が挑んだが、その全てが消滅してしまった。我らは深く絶望し、そして≪唯一無二の主≫に反旗を翻した者どもが現われたことは以前話したであろう。おそらくだが、≪唯一無二の主≫がお前に興味を示されたのは我らとは異なる過程から生まれた神だからに他ならない。我らとはまったく異なるお前だからこそ、何かが起こるのではないかとな。私もそう考えたものの一人だった』


「お前たちのこの行動は≪唯一無二の主≫の指図さしずによるものか?」


『≪唯一無二の主≫はお気づきになられていない。ディフォン、お前が手に負えない怪物であることをな。お前を放置しておけば、やがて全ての神をくらい尽くし、そして今まで誕生したことのない異次元の力をもつ恐るべき神になるだろう。そのとき、≪唯一無二の主≫の存在をも脅かす脅威となっていないとも限らないと我らは危惧したのだ。これは我らの判断だが、全ては≪唯一無二の主≫の御為おんため。全ては≪唯一無二の主≫への私心無き愛ゆえなのだ。して、決っして、保身などではない!』




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