第407話 本来の歴史

その日、太陽は中天に昇ったまま降りてこなかった。


太陽だけではない。


クロードの並外れた視力を持つその眼には、ルオ・ノタルの世界の外側にある天体の全てが静止したように見えた。


いつもであれば夜になっていても不思議ではない時間になっても太陽は瞬き続け、安息の夜は訪れなかった。


人々はこの現象を訝しみ、恐れ、現人神であるクロードに祈りを捧げ続けた。


人々の祈りは、信仰の力となりクロードのもとに集まることで、その≪神力≫を少しずつではあるが増大させていく。


現在の信者数程度では、今のクロードの持つ≪神力≫の大きさからすれば、さしたる影響を与えるものではないが、流れ込んでくる力の心地よさに心が高揚していくのを感じていた。



もし太陽の位置がこのままであるなら、クロード達がいる半球の裏側はずっと夜のはずである。


昼半球と夜半球がこのまま固定されてしまえば、異常な温度差が生じることが予想され、大気循環による強風などで地上は過酷な環境になってしまうことは明らかだった。


オルタが懸念していた未曽有の天変地異とはこのことであろうか。


クロードは双子から事情を聞くべく、シルヴィアを連れ、イシュリーン城に向かった。



「クロード様が、祖王様が御座おはたまわられたぞ」


クロードがやって来た事を知ると城中から歓喜の声が上がった。


どうやらイシュリーン城でもこの天体の運行にまつわる怪異で大騒ぎしていたところであったようで、玉座の間にはオルタ帝だけでなく、宮廷魔道士であるヴェーレスや主だった重臣たちが、皆集まっていた。


「父上、おいでになられたのですね」


玉座を立上り、その座をクロードに明け渡そうと立ち上がるオルタをクロードは手のひらを見せるしぐさで制止した。


「オルタ、そのままで。聞きたいことがあって来た。今起きているこの現象がお前が言っていた未曽有の天変地異なのか?」


オルタは、クロードの問いかけにすぐに答えることなく、一瞬ヴェーレスの方を見やり、そして考え込む様なそぶりを見せた。


「皆の者、すまないが少し外してくれ。母上とヴェーレスは残ってほしい」


オルタの言葉に重臣たちがしぶしぶ玉座の間を後にする。


玉座の間には文字通り、家族四人だけが残ることになり、その上更にヴェーレスが≪遮音≫の結界を周囲に張った。


「父上、厳密に言えば俺が話していた危機と今回の事態は異なるように思われます。ですが、このルオ・ノタルに与える深刻な影響を考えるとそうである可能性も否定できない。少しずつですが、俺とヴェーレスが知る歴史の歩みとは変わりつつあるのです」


「歴史の歩み? お前たちには未来がどうなるかわかるのか」


「いえ、私たちがわかるのは、私たち双子が生まれてこなかった条件下での歩むはずだった歴史だけ。お父様、お母様、どうか驚かないで聞いてほしい。本来の歴史では私たち双子は無事に生まれてくることはなく、死産だったの」


「ヴェーレス、あなた……何を言っているの?」


呆然としているシルヴィアのもとにオルタがさりげなく歩み寄り、その肩を抱いた。


「現時点ではこれ以上の事は言えないのだけれど、とにかくそうなるはずだった。私が知る歴史では、アウラディア帝国という国は存在していないし、お母様は双子を身籠った負担と死産後の精神的衰弱でアウラディア歴五十四年の今時点ではすでにご存命ではないの。お母様と子供たちを同時に失ったお父様は、そのまま中原の擁護者として世界を導き続けていたのだけど、ある災厄によって、ルオ・ノタル壊滅の事態に追い込まれる。全てを失ったお父様はある決断を下すことになったのだけれど、私たちはそれを止めたかったの……」


感情的になりやすいオルタに比べると、大人びた性格のヴェーレスの目が潤んでいた。


正直、突拍子のない話過ぎて、理解が追い付かないが、二人が嘘や世迷言を言っているようには見えない。


しかし、本来双子が生まれてこないはずだったのだという話が本当のことであれば、この目の前にいるオルタとヴェーレスは何なのだろう。

俺とシルヴィアの間に生まれた双子ではないのか?


「父上、信じられないような話をしていることは自覚している。でも、今は信じてもらうしかない」


オルタたちを見ると、何か事情があるとしてもやはり自分の子であるという確信が湧く。

魂と魂が通じ合っているような、そんな感覚がある。


「オルタ、それでどうすれば良い? この危機をどう乗り越えるつもりだ」


「父上には、今このルオ・ノタルの世界の外側で何が起こっているのか確かめてほしい。俺とヴェーレスに秘められた力は事情があって、現時点では解放することはできない。この事象を引き起こしている敵の正体を確認するまでは父上の力を頼るしかないんだ」


「ようやく、俺を頼ってくれたな。仲間外れみたいで少し寂しかったぞ」


クロードはそう言うと、オルタの頭に手をやり、シルヴィアに口づけした。




イシュリーン城の屋上からクロードは、宙に向かって飛翔した。


大気圏外に一度出て、そこで何が起こっているのか自分の目で確かめるつもりだった。


見守るシルヴィア達からある程度遠ざかった辺りで、人間の肉体を焼き捨て、≪神力≫のみの≪人様態じんようたい≫になった。


閉じられていた超感覚が開き、人間の肉体の時とは違う万能感が満ちる。


この状態の見た目は、普段のクロードと変わらない姿をした幽霊のようなもので、≪神力しんりき≫を感知できない者には視認することはできない。

しかし、元は人間であったクロードにしてみれば、何らかの属性を宿した≪神様態しんようたい≫よりもこの状態の方が落ち着く。

ある意味、これが自分にとっての本当の≪神様態しんようたい≫なのではないかという気さえする。



だいぶ地上から遠ざかって来た。


すると、その途中で、傷つき、息も絶え絶えの様子の第三天の神エナ・キドゥを発見した。


エナ・キドゥもクロードに気が付いたようで、おぼつかない飛び方で近づいてきた。


どうやら、≪神核しんかく≫は砕かれていないものの、その≪神力≫を大きく消耗しており、褐色の美しい女性の姿の輪郭が少しぼやけて、表情もかなりきつそうであった。


「ディフォン、よかった。もう駄目かと思ったけど、何とか間に合った……」


「エナ、どうした。誰にやられた?」


クロードはエナ・キドゥを抱きとめるようにして、聞いた。


「わたしの事はいい。それより、これから、この最下層次元に神々の軍勢がやってくる。君に、ある選択を迫るために!」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る