第406話 蟲毒の壺

オルタ帝の大規模防災事業が始まってから五年たったが、天変地異と呼べるような現象は起こらず、それどころか世界はこれまでにないほど平和であった。


アウラディア帝国においても、気象災害なども無くは無かったが、オルタ帝が進めてきた防災事業の効果もあってか、その被害も軽微であったし、善政を歓迎する民衆たちの帝国への忠誠は深まるばかりであった。


大きな戦乱もなく、飢饉なども発生しなかった。


この時期、オルタ帝は、大陸内で唯一、他勢力との関りを持つことに消極的であった≪深き森ローグシア≫を始めとするエルフ氏族たちとの盟約を結ぶことに成功し、かつて敵同士であった闇エルフ氏族とエルフ氏族の和解の端緒を開いた。


この盟約は、ルオ・ノタルに暮らす全種族の連帯を促すもので、締結の際にはオルフィリアと彼女に強引に説得されたオディロンが関わっていたということを後に周囲から聞いた。


オルフィリアが本当はエルフ氏族の出身者ではなく、オディロンらによって人工的に生み出されたエルフ型ヒューマノイドであったという事情もあったため、この話を聞いたクロードは、それが本人の知るところになったのではないかと心配している。



このような個人的な憂いは別にして、世界は望ましい方向に歩みを進めているように思われた。


オルタたちの心配するような未曽有の天変地異など本当に起こるのかと疑わしくなるような平和な日々だった。


今までなかったことではあるが、五年連続で異邦神の来訪も無く、このことには≪箱舟≫のエルヴィーラたちも首をかしげていた。


このルオ・ノタルの世界を我が物にしようとする侵略を目的とした神の襲来がないことは、クロードの≪神力≫の増大により恐れをなし、その対象として見られなくなったのではないかというもっともらしい理由が付けられるそうなのだが、行き場を失い吸い寄せられるように集まって来る≪漂流神≫までが、これほどまでに長期間流れ着いてこないというのは初めてのことであったようだ。


オディロンに見せてもらった≪箱舟≫の過去データによると漂流後に力尽き消滅したケースも含めると千年統計の年平均では2体以上の神がこれまではルオ・ノタルを訪れていたのだそうだ。


これは数字だけ聞くと驚くべき数字ではあるが、つまりそれだけ多くの神が生み出され、この最下層次元に送り込まれ続けていることになる。


送り込まれてくる神々のほとんどは戦いに敗れ、優れた神だけが残る。


そうして生き残った神々も上の次元に引き上げられ、そこでまた新たな競争を強いられる。


無限に続く神々同士の争いの果てに、より優秀な神を見出していくシステムらしいが、これではまるでこの階層次元世界自体が蟲毒の壺のようではないか。



≪漂流神≫というのは、この最下層次元及び比較的近い上位階層次元での神々同士の争いで敗れた神が、消滅を免れようと他の神が創った世界に取りつき、そこで信者を獲得したり、その世界を奪い取ろうと目論む存在である。


≪漂流神≫のほとんどは傷つき、弱り切っているため、侵略を目的とした神と比べるとさほどの脅威ではない。


だが、年月を経て、その漂着した土地に自らの信者を獲得することで力を取り戻す例も無くはないため、クロード達はこれまで各地に潜む≪漂流神≫や新たに訪れてくる≪漂流神≫に対してつぶさに目を光らせ駆逐を続けてきたのだ。


その≪漂流神≫がこのルオ・ノタルにやってこないということは、とても喜ばしいことではあるのだが、それと同時に妙な違和感と不安を感じさせるのだ。


平和すぎる。


ルオ・ノタルの世界の外で何か異変でもあったのではないかと疑うにはまだ不十分な状況ではあったのだが、その予想が確信に変わるよりも早く事態が動いた。



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