第403話 人族の一生
人族の一生は短い。
六十歳ほどまで生きられれば、まず人生を全うしたと言えるらしい。
そういう意味ではマルクス・レームは長生きした方ではなかったか。
息子であるヘルマンの話では、百歳に近い年齢であったというし、孫、ひ孫を含めた大勢の親族に囲まれて幸せそうな最後であった。
アウラディア帝国随一の大商会の会長の父であったマルクス・レームの葬儀には商売関係の人間も含めて多くの者が詰めかけた。
レーム商会は、派手好みだった故人のために王侯貴族かと思われるような盛大な葬儀を執り行い、弔問客を大いに驚かせた。
数年前に大恩人のアルバンが鬼籍に入り、また一人、人族の友人が旅立っていってしまった。
マルクス・レームの葬儀の帰り道、少し歩きたくなって、首都アステリアの通りを当てもなく見て回った。
この世界で唯一、電気の街灯が整備されているメイン通りは日暮れ後も人通りは絶えず、とても賑やかだった。
クロードの治世下ではなかったような珍しい物品やサービスを扱う店が軒を並べ、様々な人種が行き交う。
その喧騒を抜けると街灯の明るさが遠ざかり、閑静さと日没後の静けさが戻って来る。
そのまま少し進んだ先には、オイゲン老が眠るゴルドフィン杉のある国定公園があり、クロードは久々にその場所を訪れることにした。
このゴルドフィン杉はクロードが植樹したもので、その後に森の精霊王エンテの宿り木となった。
クロードがゴルドフィン杉の幹に手を当てると、木全体が光り輝き、まるで森の精霊王エンテが慰めようとしてくれているかのようであった。
久しぶりにこの場を訪れたクロードに対する親愛の情と懐かしむ気持ちも伝わって来た。
「久しぶりだな、エンテ。どうして姿を現してくれないんだ?」
クロードはゴルドフィン杉に向かって、そう問いかけたが、エンテが答えるまでもなく、その理由に気が付いた。
背後に二つの気配が近づいて来ていたのだ。
エンテはおそらくその二つの人影に警戒、あるいは遠慮したのであろう。
「父上、お久しゅうございます」
現れたのは息子のオルタと娘のヴェーレスだった。
オルタはクロードと同じ黒髪と黒目をしており、その背は少し父親より高い。
体つきもがっしりしており、未だ二十代後半くらいに見えるがその身にまとう風格は間違いなく大陸の覇者となった男のものだった。
クロードの方が親ではあるが、オルタの方が貫禄があり、年長のように見えた。
一方のヴェーレスも母親譲りの美貌と神秘性を宿しており、事情を知らない人が見たら、彼女の方がクロードより少し年上に見えることだろう。
「ああ、久しぶりだな。二人ともしばらく見ないうちに随分と大人になった」
最後にちゃんと会ったのは戴冠式の日だから、もう十二年以上になる。
「お父様は相変わらずお若いままですね」
ヴェーレスは目元を緩め、クスリと笑った。
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