第402話 オルタ帝の覇業

オルタ帝が君臨するアウラディア帝国が大陸の統一を果たしたのは、クロードが退位してからわずか十二年後のことだった。


侵略行為などによる武力的な統一ではなかったが、クロードから受け継いだオルタ帝の超人的な力と異能、そして圧倒的な国力の差を背景にした強引な手法によるもので、平和的統一とはいいがたいものであった。


オルタ帝は、積極的に他国に干渉し、大陸制覇の野心を隠さなかった。


弱体化著しい神聖ロサリア教国を属国化し庇護下におくことで、神聖ロサリア教国とフンクール王国との領土問題に積極的に介入した。


フンクール王国はこれに抵抗の意思を示し、兵を挙げたが、これを率いていたフンクール王と将軍数名が、単身乗り込んできたオルタ帝により討ち取られ、開戦前に軍は瓦解した。


フンクール王は、老いたデュフォールではなくその息子であったが、突如空中から現れたオルタ帝に一合も打ち合うことなく切り捨てられた。


オルタ帝は兵卒には一切を手を出さなかったが、その異能ぶりを隠そうともせずに威圧し、彼らに恐怖心を植え付けさせた。

魔道による無数の雷を鳴り響かせ、名のある将軍の何人かを一瞬で焼き殺した。


オルタ帝は武芸だけではなく魔道の技も使う。

その恐ろしい力は何者であっても抗いがたく、通常の戦など意味をなさないとまるで宣伝するかのように派手で鮮烈な印象をフンクール軍の者たちに見せつけたのだ。


王を失い、兵力も軍備もまるで意味をなさないということを悟ったフンクール王国はあっけなく降伏し、風前の灯火であった神聖ロサリア教国と共にアウラディア帝国に併合された。


オルタ帝は占領地の内政にも手を抜かず、民を占領前よりも豊かに暮らさせた。


さらに、≪次元回廊≫により各地に神出鬼没し、人の手では解決できないような諸問題を解決するなどして、民心を掴むことも忘れなかった。


この頃になると多くの人々の信仰は、現人神クロードに集まっていて、その御子であるオルタ帝の人気は留まるところを知らないほど高まっていた。


アウラディア帝国のみが現人神の加護を受ける唯一の王国。


こうした認識が人々の間で支配的になり、自国を捨て、アウラディア帝国領内に移住しようとする者たちが後を絶たなくなった。

人に見捨てられた土地は荒廃し、そこを支配する国家も存続の危機を迎えることになっていった。


これはオルタ帝が命じた≪這い寄る根≫たちによる市井への流言などによる効果もあったのだが、そうではなくてもクロード在位期間からすでにその流れは起きつつあったので、時間の問題ではあったのかもしれない。


こうした状況と時代の趨勢すうせいに抗えぬと考えたのであろう周辺の小国たちは我先にと従属の意思を示し、領土と国権を放棄し始めた。

現人神クロードとその血を引く御子たるオルタへの畏怖も決断の後押しをしたようで、これら小国の王族たちは、アウラディア帝国の一部に進んでなることでその後の権益の確保と自己の保身を図ったのである。


オルタ帝はこうした申し出には寛大で、その領土を州として国土に組み込み、その土地を治めていた者を当座の知事として任命し、その統治を任せた。

アウラディア国法による統治を強いられることにはなるが、その土地の権力者としての地位は保証されるため、知事として各州の首長となった元王族たちの不満は少なかったようだ。


大陸中がアウラディア帝国の版図となっていく流れに取り残され、最後まで存続を模索し続けたのが、この大陸でもっとも歴史が古く、そしてかつては最強国の名をほしいままにしてきた南のアヴァロニア帝国であった。


相次ぐ王族同士の後継者争いによって、国は疲弊し、もはや最盛期の面影も無くなってしまっていたが、それでも古き血統の誇りもあったのだろう。

歴史の浅い新興国に過ぎないアウラディア帝国にかしずくことをかたくなに拒否し続けた。


だが、それも長くは続かなかった。


アヴァロニア帝国から王族の首四十八名の塩漬けになった首が届けられたのだ。

中には女性や幼子、赤子のものまで含まれていた。


宰相や家臣たちによるクーデター。

自らの仕える主への忠誠よりも、オルタ帝への畏怖が勝った結果であった。


このようにして建国から六百年以上続く帝室の血は絶え、地図上からもアヴァロニアの名は消えた。


オルタが王位について十二年、アウラディア帝国が歴史にその名を刻んでわずか七年の破竹の覇業であった。


ルオ・ノタルの世界に≪恩寵≫が発生しなくなってから三十年以上が過ぎ、新たに生まれた世代の人族は、旧世代の人族に比べて能力が著しく低下している。

特殊なスキルを授かることも無くなり、オルタ帝や彼が従えている≪異界渡り≫たちに抗う力を持つ者が生まれてくることはなくなったのだ。


旧世代の人族は老い、もはや人族には現状を変え得る力などは無かった。


人々は現人神クロードをひたすらに信仰し、皇帝オルタを崇拝することが当然だと考えるようになっていったのである。



こうした状況はクロードが目指してきたものとは真逆であった。


神々に対する依存心を捨てさせ、一人一人に自助の心を持たせることで、人族主体の自立的な社会を目指していたのだが、それを逆行させるような状況にしてしまったのが自分の息子というのは何とも皮肉な話だった。


クロードは、こうしたオルタの行いについて無関心だったわけではない。

イシュリーン城にも割と頻繁に顔を出していたし、各地の動静は把握していた。


様々な旅行先で自分の目で見ていたし、市井の人の声を直に聞いた。


その上でオルタのすることをいさめなかったのは、目指す方向は違っても民の暮らしの安定と平穏をもたらすという結果については同じかそれ以上であるように思えたからだ。


強力な統治権の下では、そこに暮らす人々は様々な不自由を被ることになるのだが、その代わりに戦乱や犯罪に怯えなくても済むようになるという恩恵もある。


強大な権限を持つ君主、すなわちオルタがその進むべき道を間違えない限り、それに追従している人々の幸福は守られることになるだろう。



クロードが理想としていた世界はあくまでも理想に過ぎなかった。

クロードなりに努力したつもりではあったが、人間はクロードが思うよりずっと弱かった。


クロードの存在自体が、神々に依存しない世界という考え方に矛盾する存在になってしまっていたし、縋り集まって来る民草を突き放す非情さも持ち合わせていなかった。


自分が頓挫し、中途半端な状態で投げ出したこの大陸情勢をオルタが尻拭いをしてくれたのだと考えると、彼の行動に口を出すことなどできるはずも無かった。


もし、自分が何かをするとすれば、民を導くオルタが道を踏み外した時だけだ。

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