第401話 クロードの備忘録
オーリボーの町に居を構えたその翌日から、クロードは備忘録のような雑記を書き始めた。
この異世界に転移させられた日から今日までの出来事などを思い返しながら、出来るだけ細かく、その時々で気が付いたことや出会った人物、事件などを記していく。
このような雑記を書こうと思ったのは、記憶に不安があったからではない。
これまで多忙すぎて、通り過ぎたままにしていた様々なことを振り返ってみたくなったのだ。
自分を見つめ直し、これからどう生きていくのかを考えるのに、この記憶を文字にするという作業は適していた。
波の音を聞きながら、時折、書斎に使っているこの部屋の窓の外の景色に目をやる。
高台から見える港町とどこまでも果てしなく続く海が絶景で、眺めているととても心が落ち着いた。
この異世界に来てから今日まで、本当に色々なことがあった。
振り返ると、あの見慣れない夜の闇の森の中を当てもなく彷徨い、そしてエルフの少女オルフィリアに出会ったのもついこの間のことのように感じるが、実際はもうそこから三十年以上も時が過ぎ去ったのだ。
≪異界渡り≫であるクロードの見た目はその頃とほとんど変わってはいない。
だが周囲の人間は少しずつ年を取り、時の流れをその身に刻んでいる。
「何をなさっているのですか? 」
二人分の飲み物と果物を干したものを持って、シルヴィアがやって来た。
魔道士であるシルヴィアは、常人よりも肉体の老化が緩やかであるようで、見た目はまだ三十代の半ばくらいに見える。
シルヴィアに備忘録を作っているのだと話すと、まるで年配の人のようだと笑われてしまった。
そして書くなら自伝のようなものにしてはどうだと提案されたが、そういうものはどこか照れ臭かったし、何より自分には生まれてから二十代前半までの記憶が無いので、自伝という形式は合わない気がする。
過去の記憶がないことに話が及んでしまったことにシルヴィアは申し訳なく思ったのか、一瞬悲しそうな顔をして、クロードの頭をその胸に抱いてくれた。
何も予定がない日々の緩やかな時の流れの中で、クロードは初めて自分のために時間を使うという贅沢を味わっていた。
備忘録づくりに飽きると、シルヴィアを連れ、≪次元回廊≫で様々な土地を旅行した。
各地の名物料理に舌鼓を打ち、史跡や古い建造物などを巡り歩く。
最近二人で釣りなどもやるようになり、釣果を競い合ったりした。
クロードは、気まぐれにイシュリーン城に顔を出し、エーレンフリートたちに会いに行くこともあったが、あくまでも私人としてで、国政に口を出すようなことはなかった。
息子のオルタは皇帝としてよくやっているようであったし、例え何か問題を抱え込んでいるにせよ、周囲の者たちと諮って解決するようにと即位の日に伝えてある。
宮廷魔道士としてオルタを支えるヴェーレスもそうだが、二人はすでに親であるクロードの手を離れ、独り立ちしたのだ。
何の心配もしていない。
時々、異邦神がこの世界に迷い込んでくることもあったが、今のクロードからすれば取るに足りない些事であった。
第三天以下の神々の争いに敗れ落ち延びてきた≪神≫などいくら来たところで脅威にはなりえず、打ち滅ぼすのにさほどの時間と手間はかからなくなっていたのだ。
そうした異邦神たちを駆除するほどに、さらにクロードの力は増し、もはやその力は高位次元の神々からも恐れられるような存在になっていたのである。
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