最終章 後編 異世界備忘録
第400話 クロードの退位
アウラディア歴三十年。
アウラディア王国並びにミッドランド連合王国の建国からちょうど三十年の
五年前に、かねてからの望み通り、国王を退いたクロードであったが、その後を継ぐ形で新国王となったオルタが、二つの王国の合併を決め、新たにアウラディア帝国の建国を宣言したのだ。
もともとアウラディア王国とミッドランド連合王国の王位は世襲制ではない。
クロードの退位が決まった後、それぞれの国法で定めた選王会議で新たな王を選ぶことになっていたのだが、宰相のエーレンフリートらの画策で息子のオルタが新国王に決まってしまったのだ。
これは去って行こうとするクロードを何らかの形で国に繋ぎとめようという宰相らの苦肉の策であったようだが、肝心のオルタ本人もかねてより国王の座を継ぐことに強い意欲を持っていたので、両者の思惑が合致したことになる。
オルタは、ちょうどクロードがこの異世界にやってきたころと同じ年頃の若者に育っており、その外見はクロードの面影を宿しつつ、より精悍な印象だった。
オルタはクロードの≪異界渡り≫としての力を色濃く受け継ぎ、EXスキルの≪次元回廊≫まで使うことができた。
≪恩寵≫が発生しなくなったこの世界で、これらのスキルを有しているということは生まれながらにその得能を宿していたか、あるいは父親であるクロードが使用しているのを見て独自にそれを模倣して会得したことになる。
オルタは親の目から見ても非常に努力家で、非常に勤勉であった。
幼少期より様々な書物や周囲の大人たちから多くのことを学び、やがてそれを人の世の発展に生かすのだと話していたが、もしかするとこの頃からすでにクロードの後を継ぎ、国政に携わることを考えていたのかもしれない。
クロードによる善政は、アウラディア王国の隆盛をもたらしたが、それと同時に周辺国の衰退をも促す結果になってしまった。
クロードは様々な分野の法を整備し、多種多様な種族の暮らすこの国の人々が争い、調停を必要とする機会が少しでも減る様に尽力したし、ほとんど未開発だった領土の有効利用にも腐心した。
旧文明の遺産とも言うべき、マテラの様々な地下資源の発掘は、アウラディア王国に莫大な富を与えたし、かつて魔境域と呼ばれた土地の異様な生命力に満ちた土壌は肥沃な農地となって、そこに住み人々の暮らしを潤すことになった。
街道を整備し、国内外の流通を盛んにすることで、経済活動を活発にさせ、レーム商会や自らも出資するクロード・ミーア共同商会などから、税収を得る。
ゲイツの協力を得て、国営の発電所を造営したことも国の発展に寄与した。
ゲイツの持つ科学知識は、その全てを惜しみなく発揮させてしまうとこの異世界の文明を大きく変えてしまいかねない危険なものだったので、その利用を電気だけに留めたのだが、それでさえも革命的なほどに生活の水準を向上させすぎてしまい、導入したことを後で後悔した。
こうした様々な要因により、アウラディア王国と周辺国は、同じ時代の国家とはもはや思えぬぐらいに差がついてしまった。
他国よりはその恩恵を受けていたであろうミッドランド連合王国内の他の構成国でさえ、その不平等を声高に叫ぶようになり、連合崩壊の危機を孕む状況となってしまっていた。
こうしたアウラディア王国一強の状況を生みだしているのが、その国王であるクロードのまさしく神のような力によるものであるらしいことをその文化圏の人々が知るところとなっていたし、こうした状況に拍車をかけていたのが、ラジャナタンの神官だったメレーヌが興した
メレーヌには何度も宗教活動をやめるように説得したのだが、浮世離れした独自の価値観と狂信的ともいえる性格を持つ彼女の考えを変えさせることができず、気が付くと現人神クロード教は、アウラディア王国を越え周辺国にも多くの信者と支部を持つ一大宗教になってしまっていた。
唯一の救いは、メレーヌが金品など現世の財貨に興味がない人物であったこともあって、純粋な信仰に
この宗教団体の存在は、やはり人は何かにすがらずには生きられない生き物なのだろうかと落胆させられる象徴のような存在であり、今もクロードの悩みの種になっている。
アウラディア歴十五年を過ぎた頃には、国を捨て、土地を捨て、アウラディア王国に移住しようとする人々が現われだしていたが、他国の内政に手出しするわけにもいかず、状況を見守るしかなかったのだ。
全ての富と幸福はアウラディアに集まる。
アウラディア王国は、まるで理想郷のような場所と信じられるようになり、クロードに対する民衆の依存心は時とともに深まっていったのである。
この状況を危惧し、クロードがアウラディア王国とミッドランド連合王国における退位を決断したのが、アウラディア歴二十五年のこと。
国家として安定し、軌道に乗ったかに見えるブロフォスト共和国の議員も辞した。
クロードはシルヴィアを連れ、イシュリーン城を出ると、中原の遥か西にある海沿いの小さな町に居を移した。
この町はオーリボーといい、人族の治める小さな海洋国家に属する港町で人口は五百人ほどだ。
この町の高台にある空き家を買い、そこを当面の二人だけの生活の拠点に決めた。
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