第394話 婚礼の儀式

その日、イシュリーン城はかつてないほどの喜びと笑顔に満ちていた。


城内は色鮮やかな花籠や垂れ幕で彩られ、宴席の準備に大忙しの家臣や給仕たちが慌ただしく動いていた。

城の上空では魔道の術による花火が打ち上げられ、賑やかなことこの上なしであった。


首都アステリアの民もこの日ばかりは仕事をやめ、建国以来最大の慶事を、酒を酌み交わすなどして皆で楽しんだようだったが、夜になり、花火が討ちあがるのを見ると挙って城に詰めかけた。


バルコニーに顔を出すクロード王とその伴侶となったシルヴィア妃を一目見るためである。


儀礼用の鎧マントに身を包んだクロードと控えめながらその上質さが一目でわかる白ドレス姿のシルヴィアがイシュリーン城の瀟洒しょうしゃで古めかしい装飾のバルコニーから姿を現すと、民衆は大気を震わせるほどの歓喜の声を上げた。


「クロード王陛下万歳!シルヴィア王妃万歳!」

「現人神様、クロード王様!」

「おお、アウラディアはこれで安泰だ。時代は、この中原を選んだのだ」

「お幸せに。クロード王陛下、お幸せに」


詰めかけてきた首都アステリアの住人の人種は多種多様だった。

人族だけでなくこの魔境域で見られる亜人のほとんどがその比率こそ偏っていたものの、この場に集結している。


法というルールのおかげもあるが、種族間のいさかいも年々減り、クロードと各種族の代表者たちとの関係も良好だ。


勝手に新興宗教の信仰対象にさせられていることもあってか異様な熱気をはらんだ一団も目に付いたが、ともかく民衆のクロード達に対する熱心な祝福の掛け声はいつまでもやむ気配がなかった。



「シルヴィア、結局、付き合わせてしまうことになってすまない」


クロードは手のひらを向けて、国民の歓呼の応えながら、シルヴィアに詫びた。


当初は、シルヴィアの存在と双子の誕生の公表だけという話であったのだが、エーレンフリートの強い勧めとそれに悪乗りしたバル・タザルと家臣たちによってどんどん話が大きくなってしまったのだった。


「いいえ、クロード様。これはこれで一生の思い出になりました。まさか、自分の人生にこのような日が待っていようとは露ほどにも思っていませんでした。それに、我らが教主バル・タザルの命とあっては私も断り切れませんでした」


シルヴィアはその美しい顔に苦笑を浮かべながら、あきらめたように言った。



国民へのお披露目が済んだ後は、城内で盛大な宴が行われた。

野趣あふれる魔境域料理だけではなく、ブロフォスト共和国や各国の出席者の口に合う料理や酒も振る舞われ、各種族の文化からなる出し物や余興も好評だった。

こうして各国大使や招待客の集まる中、エーレンフリートの見事な差配もあって、大きなトラブルもなく、和やかな雰囲気で出席者たちは宴を楽しんだのである。


シルヴィアは身重ということもあり、宴には参加しなかったが、大広間で宴前に行われた夫婦になる際の儀礼は滞りなく務め上げてくれた。


この世界の人族は夫婦になる際に、親族などが見守る中、互いに一生の記念となる品物を贈り合う儀式を行うそうで、その慣習に倣った形だ。


王族であれば、冠や宝石をあしらった美しい短剣などを互いに贈ることが一般的であるようだったが、二人は数日間悩んだ挙句、お互いの名前が彫られた魔銀製の指輪を一対作って、贈り合うことにした。


指輪は魔除けや護符の一種のようなものであるらしく、クロードはシルヴィアの健康とお腹にいる双子の出産の無事を祈りながら、彼女の名を自らその指輪の腹に彫り込んだ。


数ある候補の中から、なぜ指輪を選んだのかは、わからない。


ただ普段から肌身離さず持っておく物の中から選んでいて、突如閃いたのだ。


指輪にすべきだと。


邪魔にならない利き腕ではない方の薬指に、互いに魔銀の指輪をはめ合う。


初々しいくも幸せそうなクロード達の姿に、儀礼に立ち会った者たちからは自然と感嘆のため息が漏れた。

二人が儀式を終えたことを示す口づけを交わすと、やがて人々は盛大な拍手で讃え、そして育ての親バル・タザルに連れられ大広間から退場をするシルヴィアを見送った。


風変わりなところもあるが、美しく聡明で、優しい花嫁との結婚。

そして、それを祝福してくれた友人たちと数多くの人々。


この日は、クロードにある全ての記憶の中で、最も晴れがましく、そして幸せを象徴した一日となったのである。

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