第388話 二つの命
シルヴィアから懐妊を告げられた日からもう半年以上が過ぎたが、彼女のお腹はまだそれほど大きくなってはいなかった。
医術や人体機能についても造詣が深いバル・タザルによれば、人族の妊娠期間というものはおよそ十カ月から十一カ月ほどであるらしい。
この話の通りであればもう相当に変化がみられるはずだが、シルヴィアの容姿はほんの少しふっくらとした印象はあったものの、とても出産間近の妊婦とは思えない感じだった。
シルヴィアの胎内に宿った二つの命は力強い生命の波動を持っており、危険な状態にあるとは思えないということだったが、胎児の成長が遅れているのは事実であり、そのことを考えると、居ても立っても居られない様な気持ちに陥ってしまうのだ。
誰の話であるかを伏せて、城内の者たちにそのような場合にどうすれば良いか尋ねてみたところ、評判のいい祈祷師に安産を祈らせてはどうかと勧めれたが、バル・タザルには「そんなインチキやめておけ」と一笑に付された。
懐妊が発覚して少し経つとシルヴィアは、白魔道教団の総本山たるナヴァルバ山麓の修練場にその拠点を移した。
修練場には修行者の宿泊のための施設や道場があって、今なお魔道士を目指す者たちが数多くそこで寝食を共にしている。
シルヴィアは幼少期より暮らした、勝手知ったるこの場所で同門の者たちに囲まれ心安らかに暮らしていた。
白魔道教団には、魔道探求のため人体のあらゆる謎についての研究がなされており、そのせいか医療の心得がある者も多い。
出産に備えて過ごすには安心できる環境だと言えそうだ。
イシュリーン城を出たのは、城内の者たちの目を気にしたこともあるが、一番の理由は、二つの王国の王位にあるクロードに迷惑をかけたくなかったからだとのことだった。
アウラディア王国もミッドランド連合王国もその王位は世襲制ではない。
しかし国王の配偶者ということになれば、それなりに相応しい女性がなるべきであろうとシルヴィアは考えたようだった。
魔道士が一国の王妃などということは前代未聞であろうし、何より孤児であった己の出自を彼女はとても気にしていたのだ。
王妃という地位はともかくとして、自分の最愛の人であることを公言させてほしいとクロードは説得し続けているが、それもやんわりと話をはぐらかされたりして未だ了承を得られていない。
クロードは、≪次元回廊≫を使い、ナヴァルバ山麓の修練場に足繁く通い、シルヴィアとお腹の子供たちに会いに行っていた。
何せブロフォスト共和国を入れて三つの国の政務をこなしていたので、時間の余裕などは本来無く、それでも書類仕事は深夜に回すなどして面会のための時間を捻出していた。
通常の胎児よりも、成長が異常に遅れていることもあって、会うたびに、新たに得られたスキル≪透視≫でつい胎内の様子を確認してしまう。
クロードは昼前に訪れた時にもう一度確認しているのだが、日暮れ頃再び訪れ、また≪透視≫で双子たちの様子を確かめたくなってしまった。
これには流石のシルヴィアもあきれ顔だったが、観念して自らの傍らにクロードを招き寄せる。
クロードは膨らみかけたお腹に顔を寄せ、少しでも大きくなっていないか、祈るような気持ちで透視した。
双子の胎児は、それぞれ小さ目な柑橘類の果物一個ぐらいの大きさで、頭でっかちだがもうすっかりと臓器もできている。
少し爪のような物が出来てきたような気もしたが、昼前に見た時にはもうあったような気もする。
身体的にも特に問題は見受けられそうではなかったし、大丈夫だと信じたいが無知ゆえに何を見ても異常に思えて、また不安になってしまう。
その一方で、シルヴィアはというと、母になろうとする女性の強さなのか、落ち着いたものだった。
用事も無いのに頻繁にやって来ては、様子をうかがいに来るクロードにシルヴィアは「そんなに心配そうな顔をしては不安がこの子たちにも伝わってしまいます。もう少し落ち着いてください」と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます