第385話 自助の心

全ての≪機械神ゲームマスター≫を破壊したことによって、この異世界に暮らす人々に≪恩寵≫が発生することはもう二度と無くなった。


この異変に人々が気が付くまでそれほどの時間は要しなかったようだ。


冒険者や狩猟などを生業にする者たちから徐々にこうした異変が囁かれ、次第にそれは全ての民衆に広がって行った。


≪恩寵≫とは非力な人類が、邪悪な魔物や野生生物から身を守るために神々から与えられた加護であると信じられており、それが無くなったことで「信じる神に見放された」という絶望と不安が一気に広がってしまったのだ。


戦闘などに縁がない農民や商工業者などにはほとんど無縁だと思われがちな≪恩寵≫という現象ではあるが、実はそうではない。


農民たちは村や作物を荒らす害獣や魔物から自衛のために狩りを行うこともあるし、商工業者にしても治安の悪いこの異世界においては自衛の手段として、街のギルドや道場のような場で修練を積んだり、近隣の魔物の間引きを兼ねた実地訓練に参加することはそう珍しいことではないのだ。


この異世界に住む人々は、それぞれが信仰する神によって≪恩寵≫が与えられているのだと信じているが、この異変により、ブロフォストの≪光の九柱神≫をそれぞれ信奉する各神殿では混乱が起きていた。


≪恩寵≫が発生しなくなった理由を知りたがり集まった信徒たちと、その理由を説明できない祭司側との間で大小のいざこざが発生しているらしい。



ブロフォスト共和国議会に議員として名を連ねているクロードもこの≪恩寵≫がらみの各地の揉め事の話を聞き、大いに悩んでいた。


神々に依存していたと言っていいこの異世界に住む人々によって≪恩寵≫の喪失がもたらした影響は思ったよりも大きく、荒廃した人心による治安の悪化が起こり始めてきたからである。


恐らくこうした影響はブロフォスト共和国に限定した話ではあるまい。


≪恩寵≫が急に発生しなくなったことは、人々に神の不在を想起させるものであり、それを根拠とした権威や宗教の失墜につながる。


秩序の崩壊にさらに拍車がかかるであろうし、そのことでさらに深まる人間の世界の混乱は想像に易かった。


いっそのこと真実を全て明かしてしまおうかと思ったが、そのことで混乱が治まるとは思えず、やはりこの状況に人々が独自の解釈を見つけ事態が鎮静化するのを待つ他は無いようだった。


機械神ゲームマスター≫という機械が≪恩寵≫を司っていたのだと知ったところで、実際にこの異世界にはもはや創造神たるルオ・ノタル始め≪光の九柱神≫たちもいないのだ。


どれだけ時間がかかろうとも、神々に縋りつくのではなく、自助の心に目覚めてもらうのを待つしかない。


はかり知れない力を持つ神々や超越者たる個人に救いを求めるのではなく、人々が手を携え、支え合って困難に対処していく社会の形成こそがクロードの考える理想の世界への第一歩ではあるのだが、その実現までの道程はまだまだ遠いように感じた。






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