第381話 人間としての死

魔力による攻撃が全て吸収されてしまうということであれば、神鋼の剣に具現化した魔力を込めての≪斬撃≫は同様に相手に利する行為になってしまう可能性が高い。


物理攻撃は、あの巨体相手では効果は薄そうだ。

それに、あの球体がいかなる能力と性質を有しているか、わからない今の状況ではうかつに近づくのもリスクが伴う。


結局残された手段は、天空神業の≪神雷≫や火神業の≪神火≫などの≪神力しんりき≫を用いた攻撃になるが、未だ使用したことが無く、どのような威力なのか未知数だ。


自分が努力して身に着けたわけではなく、他者からポンと引き継いだ力なので不安しかない。


そして二の足を踏んでしまう理由がもう一つ。


あの魔物の集合体のようなアヴェロエスを倒してしまった場合、やはり≪恩寵レベルアップ≫が起こってしまうのではないかというものだった。


この三年の間、≪恩寵≫は発生していない。


ルオ・ノタルの救援という目的を失った今、ガイア神が俺を個別にレベルアップさせる必要が無くなったので≪恩寵≫が起きないのかとも考えていたが、よくよく考えてみると魔物はおろか人間の誰一人として殺めてはいないので、単純に経験点が足りてないだけということも十分あり得た。


レベルが上がるほどに次のレベルまでの必要経験点が多くなるのはゲームなどでよくある仕様であるし、ブロフォスト鎮圧の時のように殺さずに相手を制圧したのではそれほど多くの経験点が得られていない可能性がある。


もし、未だに≪恩寵≫が起きる状態であるなら、先に破壊すべきは≪機械神ゲームマスター≫の方だ。

あれが起動停止してしまえば、≪恩寵≫が発生するリスクが無くなり、今後、元の世界の記憶をこれ以上失うことも無くなるはずだ。



クロードは≪次元回廊≫で、アヴェロエスが今しがた出てきた大穴の近くに移動すると、その中の深淵に向かって飛び降りた。


クロードの魔力塊に反応したのだろうか、薄い肌色に近い触手が数本伸びてクロードを捕えようと迫ってきた。


クロードは≪異空間収納≫から≪神鋼の剣≫を取り出し、追いすがって来る触手を空中で身をよじり、切り払った。


もしやとは思ったが、この行為による≪恩寵≫は訪れなかった。

やはり≪恩寵≫の対象からはすでに外れているのかもしれないが、まだ油断はできない。


闇は深く、降下時間がやけに長く感じた。


地の底に降りたクロードは、天空神業 の≪発光≫と≪光操作≫で光源を作り出し、周囲を見渡す。


だが、≪機械神ゲームマスター≫の姿が見当たらない。


ある程度、≪機械神ゲームマスター≫が設置していたと思われる場所に近いところから降りてきたと思ったのだが、あの巨体が地上に出た時に崩れた土砂によって、埋まってしまったのだろうか。


だが、アヴェロエスほどではないにせよ、≪機械神ゲームマスター≫もかなりの大きさだこの程度の土砂であれば全身とは言わないまでも頭部くらいは埋まらずに残っていそうなものである。


機械神ゲームマスター≫の原動力が大量の魔力あるいはそれに類する何かではないかと思い当たり、クロードはその位置を探ることにした。


クロードは眼を閉じ、意識を集中した。


自分の他に、周囲に存在するエネルギーの在処ありか


エルヴィーラ、バルタザル、アヴェロエス。

これらは意識を集中しなくてもわかる。


だが、ここで愕然としてしまった。


辺りには散在する無数の微細な魔力しか感じられなかったのだが、改めてアヴェロエスが内包する魔物たちの魔力を詳しく探るうちに、極小ではあるが≪神力≫の存在を感知してしまったのだ。


機械神ゲームマスター≫はその内在する大量の魔力と共にアヴェロエスの体の一部として、すでに取り込まれてしまっていた。

魔力に惹かれ、魔力を取り込む性質からすれば当然のことであるが、クロードにとっては計算外の事態だった。


幸いその≪神力≫までが制御下にある様子はない。

物質と魔力が混在する膨大な内包物の中を漂う唯一の異物のように、他のいかなるものからも隔絶されてしまっていた。


あの体内で≪機械神ゲームマスター≫が正常に作動しているかどうかはわからない。


ただ万全を期すのであれば、≪機械神ゲームマスター≫とアヴェロエスは同時に消滅させるほかはない。


考えうる最悪の事態は、あのおびただしい数の魔物の経験点が大量に流れ込み、途方もない数の≪恩寵≫が一気に発生してしまうことだが、愛するシルヴィアや仲間たちが生きるこの異世界をあのアヴェロエスによって滅ぼさせるわけにはいかない。


自分の記憶を守りつつ、この異世界を守るには≪神力≫による≪御業みわざ≫を使うしかない。


クロードは、覚悟を決めると再び≪次元回廊≫で上空のバル・タザルたちの元に戻った。



≪神≫としての力を使う旨を二人に告げ、その余波が地上に及ばないようにサポートを頼んだ。


何せ初めて使う力である。


≪神力≫を用いる御業は基本的に、魔力による具現化とは違い、特別な技術を要しない。


人間が手足を使ったり、五感を働かせたりするのと同様に、自らに備わった力をただ使うのだという意思のみが必要となる。


そして、この力を完全に使うためには、人間の体を一旦捨て去らねばならない。



クロードは、≪神力≫を消費し、生み出した青い炎でその身を焼いた。



もう何度、人間としての死を迎えたことだろう。

生きながら身を焼かれるこの感触は決して慣れることは無い。


苦しむ時間が少なくて済むように火力を増し、一気に焼ききる。

肉体の硬直と痙攣、そして悶え死にしたくなるような痛みに耐え、静寂と漆黒が一刻も早く自身に訪れるように祈る。


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